恋のはじまり

大人の夏休み

「理人君……私に何か、できることないかな……?」

「え、えぇー? この期に及んで甘えさせてくれんの? もう俺年上の矜持きょうじ皆無じゃん」

「私も大人になったんだもん。私でいいならなんでもするよ」

「なんでもって……男にそんな軽々しく言っちゃだめだろ」

 理人君が珍しく口ごもる。どんな意味に捉えてくれたっていいのに、とは続けない。

私は「そうだ、マッサージとかどう?」と遠慮がちの理人君の掌を取った。

「……っ! 男の人の掌って、こんなに固いの?」

 指に力をいれてぐいぐい押しても物足りないようだ。

掌なのに石のように硬くて、何か別の生き物みたい。
………

………
「これじゃ気持ち良くないよね?」

「大丈夫、未華子のすべすべの手が気持ちいい」

「も、もう! そういうこと言うとおじさんみたい!」

「はは、ごめんごめん。美香子、交換しよ。俺肩揉むの上手いよ」

 理人君は背中にかかる私の髪をさらりと流し、肩を揉み始める。

触れられることに緊張していた私の身体は、あっという間にほだされた。

「ん、ぁあっ……すごい、理人君ゴットハンド……っ」

「そう? 一時マッサージに凝ってさー、こことかいいでしょ? 美香子、結構ごりごりだねぇ」

 首から肩甲骨まで指圧されると、たまらず鼻に抜ける声が漏れる。

恥ずかしいけどどうしようもなく気持ちいい。

「あぁ、ん……ふ、気持ちいい……理人君、マッサージ師にもなれちゃうね」

「うわー、こんな褒められたのいつぶりだろ。すげー嬉しい。めんどくさかったけど、やっぱ今日来てよかったわー……」

「ふふっ、私に会えて、嬉しい?」

 それはふざけて言ったつもりだった。

「嬉しいよ、マジで」

 返答が、思いの外真剣な声音で。

そして、後ろから抱きすくめるように、耳元で続ける。

「最近さ、ホントは結構メンタルやられてたの。後悔もあるし、腹立つことだっていくらでもあったし。
でも、未華子と喋っていて、なんかそういうのがほどけたっていうか、うん、癒されるってこういうことなんだなって……だから、ありがとな」

 

 どくどくと、心臓の音がはやる。

 それは、自分のものだけではなくて、理人君がそれほど近い距離にいて。

 私は自身の肩にある手を、そっと重ねた。

「……私が、慰めてあげること、できないかな……?」

「……え?」

「私、理人君が思うより、もう大人だよ? だから……ね、こういうこともできるの」

 理人君の手を胸元へ誘う。

誰にも触らせたことのない、柔く実った乳房は、理人君の掌で形を変えた。

「嫌なこと、私にぶつけていいよ……私も、嫌な思い出だけにしたくないし」

 びくっと、拒むように固まった理人君。

次の言葉が紡がれる前に、私は唇を重ねた。

 

 ――ん、ちゅ……はむ……

 角度を変えて、唇をはみ、ちゅ、ちゅっと口を開けるようついばむ。

――はむっ……あむ……ちゅ、ちゅるっちゅっちゅ……

「はぁ……あんっ、ふ、ぁあっ……」

 ぴちゃぴちゃっと高音の水音。

 理人君の剃り残した髭が顎に擦れてぴりりっと痛む。

「ん……っ! 待て、ダメだ! 俺これ以上はマジで止まれない!」

 私の両肩を掴みがばっと身体を放す。

赤面した理人君の眼は欲情と理性がぐちゃぐちゃに混ざり、でも身体は反応しているみたいで

――私はくすりと笑った。

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