恋のはじまり

初恋が弾けた日

列車を乗り継ぎ、ようやくこの場所まで帰ってくる事ができた。

田舎の空気が肺を満たしていく。

 

「ひろくん、元気かなぁ……」

ぽつりと、口元から本音が溢れる。

私は東京の大学へ行くため、この地を離れた。

初めの頃こそ夏休みやお正月には帰省もしていたが、社会人になってからはなかなか帰ってくる機会に恵まれずにいた。

というよりも、帰りたくなかったのかもしれない。

残業続きで荒れた肌や、余裕がなく常にイライラしていた自分を、見られたくなかったのかもしれない。

もしくはーー密かに想いを寄せていた彼が、変わってしまっているのではないか、他の誰かとくっついてしまったのではないかと、知るのが怖かったのかもしれない。

転職をきっかけに、私は少しだけ自分と向き合う余裕ができた。そして地元であるこの街に帰ろうという気持ちが持てた。

「あっ、お父さん!」

「恵、よく帰ってきたなあ」

駅まで父が迎えにきた。

その風貌はすっかり歳を重ねており、なんとなく申し訳ない気持ちになる。

車を走らせて20分ほどだろうか。

私は数年ぶりに実家へ帰ってきた。

 

普段よりも少しだけ豪華な夕食を終えて、私は夜の散歩に出かけた。

腹ごなしにはちょうどいい。

歩いて10分ほどした先に、小さな公園がある。

子どもの頃はよく遊びにきたものだ。

ブランコに腰掛けると、夜の静けさに、キィキィと小さな音が加わった。

暫く、そうしていた。

一見ぼんやりしているように見えて、実はそうじゃない。

頭の中は、彼に会って何を話そうか。

その事ばかりを考えていた。

「メグ?」

背後から聞こえた懐かしい声に、思わず立ち上がる。

振り返れば――当時よりも少し大人びた、彼がいた。

 

「ひろくん?」

 

久々の再会に胸が高鳴る。

言葉に詰まる私とは反対に、彼は私と会えた事を素直に喜び、まるで恋人のように抱きしめてきた。

大きな胸に抱かれて、私も素直な気持ちを口走りたくなったが、ぐっと堪える。

まだ、その時じゃないような気がした。

「少し歩くか」

そう言うと、彼は私の手を引いて公園を出る。

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