「受験生になる前に、しっかりとした勉強習慣と基礎固めをさせておきたくて……」
ゼミの教授の紹介で始めた家庭教師のアルバイトは、担当する生徒のお母さんのそんな説明からスタートした。
「知り合いのお子さんが高校二年生で家庭教師を探してるんだって、山口さん、やってみない?」
大学三年生の
信頼している教授の知り合いなら安心だし、受験生ではないなら少しだけ気が楽だ。
丁度アルバイトをしていなかったかすみにとって、それはとても都合のいい話だった。
かすみが通っている大学は地方の国立大学で、県内の高校生から人気のある大学だった。
オープンキャンパスは大勢の学生が集まるし、もちろん県外からの生徒も多い。
しっかりしていて、それでいて厳しくなく、就職内定率も高いと評判の大学だ。
「その子、うちに来たいんだって」
「そうなんですか、それならすっごく頑張りますね!」
もしかしたら将来後輩になるかもしれないと思うと、余計にやる気がわいてくる。
しっかり準備して挑んだ初回の授業では、お母さんにも丁寧にあいさつをしてもらい、これから頑張っていけそうだ、と思った。
ただ、想定外だったのは生徒が男子高生というところだった。
かすみは勝手に、女子高生だと思っていたのだが、実際に会ってみると彼はかすみより背の高い、今時の男子高生だった。
「よろしくお願いいたします」
と礼儀正しく挨拶してくれた彼は明るく素直そうで、怖い印象はない。
しかし、かすみ自身があまり男性と仲がいいタイプではなく、つい少し身構えてしまった。
「
初回の授業が終わり、もらった資料に目を通しながらかすみはつぶやいた。
お互い初対面ということもあり、現在の学力を知るための簡単なテストや教科書の確認で今日は終わった。
少し身構えているかすみの雰囲気が伝わったのか、拓海もあまりかすみに深い質問をすることもなく、サラリとした1時間だった。
「仲良くなれるかなあ……」
男子高生、なんて自分と遠い存在すぎて、どうやって接すればいいのかよくわからない。
これからうまく関係を築いていけたらいいが……少し不安を覚えながらも、頑張ろう、とかすみは思った。
「先生、ここは?どういうこと?」
「ああ、ここはちょっと複雑そうに見えるんだけど、まず図にして整理すると……」
「あー、そういうことか、わかった!さすが先生!」
「ふふふ、まあね♪」
かすみの抱いていた心配も、最初の数回だけだった。
というのも、拓海がとても人懐こいタイプだったからだ。
勉強以外の話をしていいのかいけないのか……と様子を窺っていたかすみに気が付いたのか、二回目の授業から拓海は積極的にかすみに勉強以外の話を振ってくれた。
大学のこと、かすみが高校生だった時の事、好きな食べ物や映画の話……拓海の質問に答えていくうちに少しずつ緊張がほぐれていき、一か月もたった今ではすっかり仲良しだと言ってもいいくらいの関係になっていた。
「拓海くん、かしこいね!最初の頃からの進歩がすごい!」
「ん~まあ、やる気になればこんなもんっしょ(笑)」
「先生がいいからでしょ?」
「俺の頭が良いんだって、さっき先生も言ってたし」
「え?そうだっけ?」
「ちょっと先生~」
二人で冗談を言いながら笑い合う時間はとても楽しく、アルバイトというよりは友達と過ごしているような気分だった。
自分に笑いかけてくれる拓海は、とてもかわいい。
自分の生徒というのはこんなに可愛いんだな、と最初は思っていたかすみだったが――
時間が経つにつれ、その感情に違う何かが混じってきていることに気が付いた。