「あの、よかったらうちでスーツ乾かして行きませんか?タオルお貸ししますよ」
他県からのサラリーマンに、何故そんな事を切り出したのか自分でもわからない。
この土地に対して良い印象を持ってもらいたくておもてなし?
いや、そんな地元愛が強いわけでもない。
雨に濡れたもの同士、という連帯感や同情?
いいえ、違う。
答えはもっと単純だ。
素敵だと思ったからだ。
もしかしたら久しぶりのドキドキを感じたかったのかもしれない。
リビングに通すとエアコンをドライ設定にして乾燥機をつけた。
書類をテーブルに広げスーツをハンガーに、そして彼が会社に電話してる間にコーヒーを淹れた。
窓の外はまだひどい土砂降りで、屋根を叩く雨音がとても大きく感じる。
「今日はもう、直接ホテルに帰って休んで良いと言われました」
彼はそう言って、くしゃ、と笑った。
「良かったですね。しっかり乾かせますね」
と、私も笑った。
夫のシャツを着た営業さんがコーヒーを飲みながら私をチラッ、と見た。
目が合うと、なんだかお互い雨宿りの時とは違った気まずさを感じた。
きっと考えていることはお互い一緒だった。
でも、いけない、とわかっている。
彼にだって夫がいることを伝えたし理性的に考えればありえない、あってはいけない事だった。