「残ってくれて助かるよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
なにかと作業のある月末、店仕舞いを終わらせた真っ暗な店内の奥、唯一明かりの付いた狭いバックヤードで真希は黙々と伝票整理を進める。
向かいに座る店長はいつもより少し疲れた顔をして本部に送る書類の最終チェックに勤しんでいた。
手を動かしながら
三十代後半にしては細身で長身、端正な顔立ち…接客業だから愛想が良いのは当たり前だがそれを除いてもかっこいい方だと思う。
手伝いに残りたがる女の子は少なくないけどなんだかんだでいつもバイトリーダーの私が指名されてしまう。
別に嫌ではないんだけど…
「悪いね、女の子を遅くまで引き止めちゃって」
「あはは、女の子って年でもないですよ」
二十六歳、就職には失敗した。
大学を卒業しても簡単に雇ってもらえる時代じゃないなんてことは痛いほどわかっていたつもりだったけど実際に次々就職が決まって忙しくしている友人たちを見ていると心が潰れそうだった。
「私みたいな色気のない女、誰も襲ったりしませんよ」
少しの間引きこもって、バイトを探して…いきついたのがこのイタリアンレストラン。
最初はバイトしながら就活してたけど店長は優しいし他のメンバーも気のいい人たちばかり、居心地の良さに気づけばバイトリーダーになっていた。
「何行ってるの。真希ちゃんは可愛いよ。いつも笑顔で誰より一生懸命で」
「もう、そんなこと言ったって何も出ませんよ」
クスクス笑いながらふと顔をあげると店長は笑ってはいなかった。
私はドキドキしたまま何も言えずに俯いてしまった。
「ずっと可愛いと思ってた…」
「…は?はい?」
ガタン、と椅子の揺れる音と振動に心臓が飛び跳ねる。
突然のことに何も出来ずに居る私のすぐ側、普段なら考えられないほど近くで店長は
「ずっと見てたんだ、真希ちゃんのこと……」