寝なければ、と使命感のように考えると、ますます睡魔が遠く感じる。
ローテーブルを挟んだ反対側にある体温。
誰かの存在が近くにある状態で眠るなんて、学生以来だ。
気配を殺して溜息をつく。
寝返りを打てば、座布団の上に寝そべる彼が見えた。
暑すぎて使えなかった寝袋は枕になっている。
「……」
顔が良いくせに
私が彼の姿を見ていると、「見んなブス」と即座に言われた。
他の女の子が傍にいても、彼は態度を軟化させることはなかったけれど、私を近づけることは許さなかった。
だからこそ、中学ではクラスメイトの私への当たりがきつかったように思う。
人気者の飯田和樹が嫌いな幼馴染。
あいつに冷たくすれば、彼に好かれるかもしれない。
そんな構図がいつの間にか出来上がっていて、特に女子からの「幼馴染だからって調子乗ってんじゃねぇよ」的な呼び出しは日常茶飯事だった。
殺伐としていた、はずなのに。
中三の冬時期、『砂原奈津は飯田和樹のストーカー』だの『実は二人は付き合っていて親公認』だの『砂原はセフレでもうヤッてるらしい』だの、根も葉もない噂が出回り、私は生徒指導室に呼び出された。
心当たりがないことを伝えても、教師は渋い顔をしている。
多分、彼の推薦にかかわることだと思ったらしい。
なんとか教室に戻ろうとしたとき、そこで彼はクラスメイトに囲まれていた。
「別に好きじゃねぇよ、あんなブス。カワイソーだからたまに会話してやってただけだ。付き合うとかありえねぇだろ」
クラスメイトはわっと沸いて、手を叩いて笑う者もいた。
「うわぁ、砂原カワイソー」
「あんな噂たてられた飯田の方が災難だろ」
廊下に立ち尽くし、力が抜けるのを感じる。
血の気の失せた頭では何も考えられない。
私が、いったい、あなたに、あなた達に、何をしたというのだろう。
私にはそれがわからなくて、笑い声が怖くて、必死でその場を離れた。
考えなしに逃げた昇降口で、あまりの苦しさに
過呼吸を起こした私を発見してくれたのは、幸いにも養護教諭の先生で、彼女は深く事情を聴かず私の保健室登校を許してくれた。
一度も教室へ行けなくなった、あの時の、惨めでダメな落ちこぼれの私を何もかも許してくれた唯一の大人。
私は進路を選択するとき、彼女の背中を追いかけた。
自分が唯一心を許せた大人になりたいと、心から思ったから。
………
………
………
――ダメだ、明日は早いのに。
眠らなきゃいけないのに。
余計なことばかり考えるのはカズ君のせいだ。
そっと彼の様子を伺うと、暗闇の中で目が合った。
「……びっくりした。起きてたんだ」
「……まぁ」
「やっぱり畳に座布団じゃ眠れないでしょ?布団、譲るよ」
運転してもらう手前、多少は心配だ。
彼が体を起こす気配がする。
そして
「……譲るな」
あろうことか、私の布団の半分に寝ころぶ。
私の手首を掴み、移動させることを阻んで。
つまり、一緒に一つの布団に寝ている態勢、である。
「……さすがにまずいんじゃないかな」
「何が」
「いや、てかカズ君彼女いないの?」
代わりにされるのはさすがに勘弁してほしい。
いつの間にか背中に回された腕が、きつく私を抱きしめたので動くことができない。