出会いはほんの一週間前。
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彼とはあるアプリで出会った。
アプリを始めた理由はとてもありふれている。
旦那とのレスだ。もう二年も交わっていない。
もともとお見合いで出会った旦那との生活は、始まったときから冷めていた。
旦那から体を求められたことは何度かあったが、もともと彼は性欲の薄い人だった。
一緒に暮らすようになってからは、ほとんど求められることもなくなった。
今年で私も二十八歳。遊ぶことができる年齢もそろそろ終わろうかとしている頃合いだった。
この体を保っていられるタイムリミットも、もう目前まで迫っていると考えてもいいだろう。
そんな私は、非日常を求めていたのだ。ずっとあこがれの中に閉じ込められてしまったセックスは、いつの間にか美化されていたらしい。
いつもしていたような普通ではないセックスを、体験してみたいと思っていたのだ。
アプリには旦那がいることも書いておいた。
私はもう旦那に未練など何もなかったが、不要なトラブルを生むのを避けるために。
出会い系アプリというのをはじめてやった私は、その活発さに少し驚いた。
そこに書かれている情報もすべてが本当なのかは分からないが、恋人がいる人達が、有り余った性欲を解消するためにそこでは活発に言葉を交わしていた。
私もここは大胆になった方がいいかもしれない。
そう思って私はいきなり、こんな投稿をした。
『刺激的なセックスをしたいです』
大体内容はこんな感じだった。
もう少し挨拶などは書いていたけれど、本当に見てほしかったのはここだけだった。
すると、投稿してすぐにメッセージは何通か来た。
しかし、相手のプロフィールを見て少し幻滅した。
その中には不潔な感じがした人か、自信にあふれすぎている人ばかりだった。
私が求めているのは、そういう人ではなかった。
なかなか会いたいと思える人が見つけらない中で、一人だけ毛色が違う人がいた。
『初めまして。Syunと言います。場所も近そうなので、一度会いませんか?』
そう言って声をかけてくれたのが彼だった。
年は私よりも二つ年下だった。
プロフィール画像は本人かどうか分からないものの、清潔感が漂っていてとてもいい気がした。
いやらしい自信過剰さもない。
私はそれに少し安心して、メッセージを返した。
『初めまして。Kyokoです。こういうアプリを使うのは初めてなので、もう少しお話をしてからでもいいですか?』
『分かりました。もしよければ、他のメッセージアプリの連絡先を教えていただけませんか?』
登録するときに分かっていたが、こういうアプリは男性がやるときにはメッセージのやり取りにお金がかかってしまうらしい。
それから一、二通やり取りしてから、連絡先を交換した。
連絡先を交換してから、しばらく私たちはメッセージをやり取りした。
彼からのメッセージはいつも丁寧で、少しビジネスライクだった。
私の『刺激的なセックスをしたい』というメッセージに食いついてきたとは思えないくらい、彼のメッセージは静かだった。
でも、メッセージの中でたまに使われる私の知らない言葉などで、彼がどうやらその手のことに精通しているらしいこともうかがえた。
彼は一体、どんなセックスを私としてくれるんだろう。
数日経った頃には、もう私は彼に体を明け渡す準備はできていた。
『Syunさん、一度会ってお話がしたいです。お待たせしてしまってすみません』
『もちろんです。○○で会うのはどうでしょうか?』
彼は私の誘いを快諾してくれた。
彼が提示した場所は、私と彼の家(アプリ上でお互い住んでいる場所は大体知っていた)からちょうど同じくらいの距離の繁華街だった。
そこはカフェやレストランなどもそろっている街だった。
そして、ホテルもある、そんな場所だった。
『分かりました。じゃあ今週の土曜日、十二時ごろに○○で』
『分かりました。その日は僕も都合がいいので大丈夫です』
土曜日の十二時は、それが決まった日からちょうど二日後のことだった。
私はその二日間、旦那の前で冷静にふるまうのがとても大変だった。
日が決まったときから、私の股間はきゅんきゅんとうずいてしまっていた。
そこは欲望を、激しく求めていたわけだ。
そして当日。
駅に先についていたのは彼だった。
「もしかして、Syunさんですか?」
「あ、はい」
私が声をかけると、少し驚いたような顔をしていた。
もしかすると、アイコンの雰囲気と少し顔が違ったからかもしれない。
私たちは一応悪用を避けるために顔のやり取りはしていなかった。
怖がり過ぎているのかもしれないが、こういうアプリから始まるトラブルの話はよく聞く。
用心に越したことはなかった。
待ち合わせのために服装を教え合ってはいたが、顔の方はアイコンから類推するくらいしかできなかったわけである。
アイコンに使っていた写真は、特に詐欺写真というわけではなかったが、ぼかしていたせいで伝わりにくかったのだろう。
ブサイクだとは思われていないだろうか。
少し不安にはなったけれど、目の奥にそういう不快さは読み取れなかったから、とにかく大丈夫そうだとは判断できた。
私の方は、そこまで驚きはなかった。彼は割と想像通りの顔をしていた。
でも、思っていたよりもスマートで、かっこよかった。
「初めましてKyokoです」
「初めまして。Syunです。あ、そういえば、本名も教え合う約束でしたよね。僕の名前は
私たちは本名も教え合っていなかった。
木口瞬。
とてもよく似合っていると思った。
彼の声は、思っていたよりも少し低かった。
「私は
「今日子、ですか。珍しい名前ですね」
「よく言われます」
私たちは笑いを交わした後、一瞬の沈黙を挟んで、目を合わせた。
彼はすかさず言った。
「じゃあ、行きましょうか」
目的地のレストランがあるらしい方角を振り返って軽く指さしてから、私を連れて行ってくれた。