マニアック

スキャンダル

今の世代で最も人気を博している俳優と言えば、誰もが松井龍太郎(まついりゅうたろう)の名を挙げるだろう。

昨秋のドラマで、オッチョコチョイで呑気のんきなイケメン探偵を演じて、それで松井龍太郎という名前が世間に広まった。

やはり女子高生に特に人気で、浅野美幸(あさのみゆき)もその内の一人だった。

しかし美幸は、探偵を演じた松井龍太郎に惚れてファンになった、それ等の人たちよりももっと早くに彼の存在を知っていた。

美幸が松井龍太郎のファンになったのは、今から三年前だった。

それもドラマで、その時は大学生の役をしていた。

美幸は初めて彼を見て、直ぐに一目惚れをしてしまったのだった。

美幸の心を捉えたのはその美貌であった。

シュッと、しかし妙にガッチリした顎。

太すぎず細すぎず、思わず触ってみたくなるような、ふっくらした桃色の唇。

大きくて切れ長の目と、それを更に大きく優しく見せる涙袋。

その上には西洋人ほどではないが、まるで家のひさしのように盛り上がった眉骨。

黒くキリッとした眉毛が生えていて、その間から唇の方へ急な勾配を作って流れる鼻梁はなすじ

そして黒人アスリートのように長い四肢を備えた大きな体。

何もかもが完璧であった。

唯一の欠点は、周りより一際目立つような特徴が何もないことであった。

彼は誰が見てもイケメンであった、が、余りにもみんなの想像されるようなイケメンであるので、多くの売れる俳優と比べると何となく見劣りしたのだった。

とは言え美幸の心を掴むのにその欠点は大した問題ではなかった。

美幸は早速調べて、この俳優が松井龍太郎という名前であること、Twitterを毎日更新していること、

実は色々な映画やドラマに出ていたこと等、ファンとしてはもちろん把握しているべき情報を一通り頭に入れた。

見られる作品はすべて見たし、写真集も何とかして手に入れた。

しかし決してそのことを友達や家族には言わなかった。

恥ずかしい訳ではなかった。

只単にその必要がなかったからだ。

松井龍太郎が人気になった時、美幸の母親が

「こんなにイケメンな人見た事ない!」

と一人で騒いでいて、それでも美幸は特に賛成する訳でも反対する訳でもなく、

「そうなんだぁ?」

と言って、部屋に戻り、机の引き出しから松井龍太郎の写真集を取り出してそれを眺めるのだった。

そして何より美幸は、実は、世間の松井ファン達のような熱烈な愛情を松井龍太郎に対して抱いていなかった。

初めの頃は確かに熱烈であったかも知れない。

しかしバラエティ番組に出るようになって、美幸の松井龍太郎に対する美しい幻想は、徐々に剥がれ落ちて行った。
「この人はきっと直ぐに消えるだろうな。何かスキャンダルとか起こしそうな、そんな気もするような、どうだろうかな…」

なんてファンらしからぬ事を頻りに考えるようになっていた。

それでも美幸は毎日更新される松井龍太郎のTwitterを毎晩、ベッドの上でゴロゴロしながらチェックしていた。

美幸はふと顔を上げて、机の方を見た。

「はぁ…。そう言えば写真集とか全く見てないなぁ。最後に見たのはいつだったろうか?一ヶ月くらいかな?まぁ良いや、寝よ」

美幸は電気を消して、アラームのセットされている事を確認してから寝た。

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