ある日のことだった。
放課後、さきなは一人教室へ向かった。
次の日の授業で使う資料を置きに行ったのだ。
もう部活動をしている生徒もまばらで、外もすっかり暗くなっている。
早く帰らなければ、と教室の前までくると、そこは電気がついていた。
扉を開けてみると、中に一人の生徒が机に座っている。
「――英治君?」
「えっ、さきな先生!」
さきなに声をかけられて、慌てて立ち上がったのは英治だった。
いつも羽織っているベージュのカーディガンを着ておらず、ワイシャツ姿の彼はいつもより少し、男性らしい雰囲気をしている。
一瞬ドキリとしたが、何を考えているのだとさきなは首を振った。
「どうしたの?こんな時間まで……」
「あ、いや、その……」
恥ずかしそうに笑う英治と話してみれば、提出しなければならない課題をやっていると言う。
家に帰ってからでは絶対にやらないから、との言葉にさきなも共感して、早く終わるように横で課題を見てやることにした。
英語の並び替えの問題で、文法を理解さえしていればすぐに解ける内容だった。
ヒントを出せば、英治も理解してすぐにページが進んでいく。
地頭がいいのだろう、これならきっとすぐに終わる――そう思ってさきながチラリと英治の顔を伺うと、その瞬間、英治の瞳もまた、さきなの方に向けられた。
「……」
目が合った途端、教室が一瞬沈黙に包まれる。
いつも朗らかに笑う瞳が、今この瞬間は、まるで別人のようにまっすぐにさきなを見据えている。
(あ、これ――)
この雰囲気を知っている。