チャイムがなって、ホームルームが終わる。
ざわざわとした教室の喧騒のなか、青山るみ子はその日使った教科書やノートをカバンにしまっていた。
部活動や委員会、クラスメイトはそれぞれの活動場所へと向かっていく中、るみ子は一人、そっと図書室へと足を運んだ。
校舎のはずれにある図書室は、もしかして自分しか使っている人間はいないのではと思ってしまう程にいつもがらんとしている。
そんな静かな図書室で、宿題をしたり、なんとなく目に留まった本を手に取ってパラパラとめくりながら静かな放課後を過ごすのが、るみ子は好きだった。
肩につくくらいの髪の毛は黒く、スカートも規則通りしっかりひざ丈にしてある。
クラスメイトは髪の毛を染めていたり、スカートをやたらと短く折っていたりしていたが、るみ子はこの高校に入学してからもうすぐ卒業の今に至るまで、いわゆる優等生として規則を破るようなことはしなかった。
別に優等生を気取っているわけでもなく、ただ単に、そうしたいと思わなかっただけだ。
それでも周りはるみ子のことを真面目ちゃん、とこっそり呼んでいることは知っていた。
周りから見たらつまらない人間なんだろうな、と思う。
それでも別に、気にならなかった。
自分の好きな場所で静かに過ごすことが出来れば、それでいいや、と思える程に、図書室はるみ子の憩いの場所だったのだ。
………
………
「……あれ?」
いつもは閉まっている図書室の扉が、今日は開いている。
もしかすると、前の授業で使われていたのかもしれない。
まだ誰か残っていたら嫌だなあ……そんなことを思いながらも、るみ子はいつも通り、図書室へと足を踏み入れた。
シンと静まり返った図書室は、いつもと変わらない雰囲気でるみ子を迎えてくれる。
小さく開いた窓から風が吹き込み、白いカーテンが揺れていた。
「あ」
静かな図書室の中で、いくつも並んだ机のうちの一つに、先客がいた。
短い黒髪が切りそろえられた、男子生徒の後ろ姿。机に向かって、本を読んでいるようだった。
図書室で人と遭遇することはもちろんあるが、大抵は目当ての本を見つけてとっとと帰っていく。
こうして誰かが机に向かっているのを見るのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。
だからと言ってもちろん、話しかけることもせずにるみ子もいつもの机に座った。
今日は宿題をすませてしまったら、すぐに帰ることにする。
シンとした図書室は、二人で過ごしても相変わらずシンとしたままだった。
そんなことが、その日からたびたび起こるようになった。少ないと週に1度、多くて週に3度、るみ子が来る前に彼は机に座っていた。
始めは全く知らない生徒だったのに、そうして何度か見かけるようになると、なぜだか親近感がわくようになっていた。
男子生徒の方も同じだったのかもしれない。ある日、彼はるみ子に声をかけてきた。
「3年生?」
「うん、そう」
「俺も。じゃあもうすぐ卒業だね」
「うん」
同級生と言う彼とは、同じクラスになったことが一度もなかった。
彼もるみ子と同じように、地味で目立たなくて、いわゆる「優等生」だった。
それでもにこりとほほ笑む顔はかわいくて、文化系の雰囲気があるが体格も比較的しっかりしている。
打ち解けると最初の印象よりもよくしゃべって、よく笑う人だった。