恋のはじまり

ツンが激しい七瀬君

自分を好きにならない人に惹かれるのか、惹かれた相手が自分を好きになってくれない人だったのか――

どうにも私は恋にこじれる傾向があるようで。

 けれども面倒な恋心なんて、大抵は『慣れ』が全てを清算してくれる。

「どうせ」と言い聞かせるまでもなく、聞き分けの良い私はいつだって溜飲りゅういんを下げられる、はずなのに。

(いやいやいや、だからって、さぁ)

 不条理なパワハラで精神を揺さぶられた直後に、なんとなく視線で追っていた相手より氷河期を思わせるほど冷たい視線を寄越された瞬間はさすがに泣きそうになった。

(選ばれなくてもいいけどさ、嫌われるのは、さすがに……しんどい)

 そこまで私って目障りですかね、七瀬ななせ君。

………

………

………

 私、星乃華絵ほしのはなえの勤務先はそこそこ大きい広告会社。

言わずもがな、花形の部署は開発部とデザイン部。

従事する社員は優秀さと外見が比例するのか美男美女が揃っている。

 ちなみに私は庶務課だが、事務作業も多く処理している。

半年前に経理課の職員が図ったように(ド畜生め)ばたばたと複数名退職したから、

領収書の計算とかも回って来るようになって……明らかな業務過多である。

 そして、1番の問題は……なんというか、花形部署の皆様は会社を会社たる状態に整える我々を、

『狩りのできない野生動物』だと思っているっぽい。

「は? キャバクラは経費で落ちない? 仕事で使ったんだから経費だろ。接待だよ接待」

「領収書の提出期限とかウザ?。そんな細かいことなんで指摘されなきゃなんないの?」

「だからさぁ、タクシーで新宿から上野まで行ったの! その日はヒール履いてたから電車乗りたくなかったの! 外回りの仕事だよ? 交通費申請するに決まってるじゃん!」

 私は心の中で

 ――「接待でキャバクラを三軒もハシゴするな。ていうか、三軒キャバクラって接待として最悪だろ」

 ――「二年以上前の印刷文字が擦り切れたレシートがなんで今活用できると思った? 申請を忘れていたならそのまま思い出さなきゃ良かったのに」

 ――「外出するとわかっていてピンヒール履いてくるな。新宿から上野だぞ。山手線の存在を知らないのか。電車を全く使用せず直線距離でタクシーを使えるほどうちの会社は裕福じゃないんだよ。バカなのか?」

 あらゆるド正論を並べるが……。もちろん口にできない。

 

「はぁ」「すみませんが」「規則なので」

 この三つを延々と繰り返して、バカ達が通り過ぎるのを待つ。

 最終的に私を「頭の弱い、柔軟性皆無の嫌な奴」として、指を刺しながら時には舌打ちをし、領収書などを叩きつけるまでがワンセット。

 確かにゼロからモノを作るのも、差し迫る納期までに相手の欲するモノを仕上げるのも尊敬に値することだ。

 だからと言って

「君はいいよねぇ。人の揚げ足とっていれば給料発生するんでしょ? 期限って俺らみたいにクリエイティブな制作に関わっている人間が使う言葉だから」

 デザイン部の先輩社員に言われたこの発言はさすがに頂けなかった。
………

………
「じゃあ、辞めます」

 考えるよりも先にでた本音。

 後に。その時の私の表情は、チベットスナギツネのようだった、と、居合わせた同僚は言った。

「は? え? 逆ギレ? 辞めるとか軽々しく言うの、ウザいんだけど」

 バカにしたように肩をすくめる先輩。

もといパワハラクソ野郎。

このままでは手元のPCをぶん投げてしまいそうだった。

落ち着け、私。

振り絞れ、理性。
………

………

「先に退職された経理のみなさんの気持ちがよくわかりました。次はいかなる資料も無期限で請け負ってくれる人が来てくれるといいですね」

 ひく、と口角を歪ませる先輩に一礼してその場を辞する。

 ――で、そのまま退職できたらハッピーエンドだけれど、現実はそんなに甘くない。

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