恋のはじまり

ツンが激しい七瀬君

「仕事、辞めるんだったら、俺の家に住んで」

「え」

「やっぱり今のナシ。続けるとしても住んでくれ。もう避けられたくねぇし」

「ちょ、ちょっと待って?! 交際ゼロ日で同棲って、すっ飛ばしすぎでしょ!」

「アンタのペースで段階踏んで慎重に、なんてやってたらいつまでも進まなそうだし。――チッ! 流して言質げんちとろうと思ったのに」

「さらりと怖いこと言うね……」

「で、どうすんの。このまま辞めんの?」

「や、めたい……けど、辞めるならちゃんと手順を踏むよ。仕事も、うん。今なら戻れそう。七瀬君がいるし」

「ん。そっか」

 抱きしめられたまま、背中をぽんぽんとあやすように撫でられる。

 七瀬君は無闇に私をはげまさない。

頑張れ、と後押しされたら、そのままぺしゃんこになりそうだった私の心は、七瀬君への感情で一色に染まる。

「……戻らなきゃって、わかっているのに、このままくっついて居たくなっちゃった」

 甘ったれた本音に呆れられたのか、七瀬君は海より深そうなため息をつく。

「可愛すぎ……反則だろ。俺だって離したくねぇよ」

 渋々と言った様子で緩くなる拘束。そして、柔らかく、一瞬だけ唇が重ねられる。

「今日、絶対定時であがろうな」

 静かに、でもギラつく相貌が私を捉えた。
………

………

………

「ん……ふ、はむ、んん……ちゅ、ちゅ」

 ――ちゅむっちゅぅ、ぢゅる……

 

 フロアに戻った後、何事もなかったわけではないが、脇目も振るわずデスクにかじりり付く私に追加の仕事を持ってくる人は誰もいなくて。

一方の七瀬君も並々ならぬ気迫で業務を定時に切り上げたらしい。

 ビルの玄関口で待ち合わせた私達は適当な居酒屋でつもる話をするつもりだったけれど、ダメだった。

 一杯目から、私達は互いの目の奥の情欲に掻き立てられ、結局夕食もそこそこに、七瀬君の家に直行して……今に至る。

 

「ふ、はぁ……な、もっと舌伸ばして……」

「ん、はぅ……ちゅむっ、んん……七瀬く、ん」

「ん? なに」

「キス、気持ちいーね……? んんっ」

「は、あぁ、たくっ! 煽んなよ……! がっついてる自覚あるんだから!」

 少し苛立った様子の七瀬君。

 眉間の皺、今はもう怖くないな、なんてトンチンカンなことを考えていたら、よそ見すんなとばかりにぢゅっぢゅうっと舌を吸われる。

 どうやら七瀬君は何かを我慢するときに、眉間に力が入ってしまうらしい。

 触れたい、もっと深く、繋がりたいと。

性急になってしまうことを恥じらいながらも口にしてくれた七瀬君はひたすらに可愛かった。
………

………
(私……ずっと求められていたんだ)

 きゅん、と胸が高鳴り、身体が甘く痺れる。

合わせて、角度を変えて深くなるキスが私をどろどろに溶かしてゆく。

「はむ、ふぁ……七瀬君の唇、柔らかいね……」

 すり、と唾液まみれの唇が擦れ合うと、その部位がびりびりと痺れるから不思議だ。

「ずっとしていたくなっちゃう……」

 こんな官能的なキス、初めてだ。

 まるで唇すら性感帯になってしまったかのようで恥ずかしい。

 七瀬君がふっと笑う気配がする。

 舌が、大胆に口内を暴れ、上顎をすりすりとくすぐる様に前後する。

どうしようもなくむず痒い感覚に思わず腰が引けたが、ガッチリホールドされてしまい逃げられない。

「んむっ! んんぅっ!」

 息を奪い合うように深くなるキスと、蹂躙じゅうりんを目的とした舌。

ぺったりとくっつけ合うととろとろとたっぷりの唾液をまとった感触が気持ち良すぎて、そのまま蕩けそうになってしまう。

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