「……っ。あーもう! 備品の補充と在庫チェックしたらすぐ戻るから! それでいいでしょ? ていうか、本来の私の仕事ってこっちだからね? なんでも押し付けられてる状況だから忘れているかもしれないけど、こっちの指定した期限を無視するくせに自分達の仕事ばっかり偉いと思わないでよ!」
拡声器を持って会社全体に叫びたいコトだ。
奥歯が鳴るほど噛み締めれば、堪えていた涙がついに視界を揺らす。
彼の前で泣きたくない。
悲劇のヒロインを気取っているみたいでますます惨めになる。
顔を見られたくないし、呆れ顔の七瀬君を見たくない。
この部屋から出られない以上、背を向けるしか無くて、私はやるせなさに耐えようと必死だった。
………
………
だから、距離をとってくれると勝手に期待した七瀬君が、私を背後から抱きしめてくるなんて予想もできなかった。
「……な、なな! え?」
がばっ! と、勢いよく。
一方で、身体に周る腕はどこかぎこちなく。
無言のまま私を捉えた七瀬君の、爆発しそうな心音だけが背中越しに伝わる。
「……あー……くそっ……! 悪い。あんたを泣かせたいわけじゃなくて……」
しどろもどろに言い
そんな彼を私は知らない。
言葉が出ない私に痺れを切らした七瀬君は私の肩口に頭を乗せ、深いため息をついた。
「あんたが、仕事、辞めるって言うから……焦った」
「……は?」
「……頭真っ白になって。引き止めようにも、あんたの今の労働環境知っているし、あんたが辛い思いしているのも知ってたから……だけど、俺になんの相談もなくいきなり辞めんのかよって」
………
………
えーと。今、彼は何を言った?
宇宙に意識を飛ばしている私の顔には『相談? 七瀬君に?』と書かれていたのだろう。
七瀬君は肩口に乗せていた頭をあげると私の顔を覗き込む。
「つーか。なんでアンタ俺のこと避けてんの」
「えっと……それは」
「俺ら部署違くても結構仲良かったじゃん……アンタに露骨に避けられんの、すげー腹立ってんだけど」
バックハグからの、顎クイ。そして、逃げ場なくにじり寄られればあっという間に
(か、壁ドンされちゃった……)
目の前にいる彼は本当に私の知っている七瀬君なのか?
爆発しそうな心音は彼にも聞こえてしまっているかもしれない。
「わ、たし……てっきり七瀬君に嫌われているって思ってて……」
「はぁ?! なんで!」
「だ、だって! 私と一緒にいる時つまらなそうにしてるじゃん! ぜんっぜん喋ってくれないし!」
「それは……っ! 緊張してんだよ! 相手がアンタだから!」
がっと頭を鷲掴みにされて抱きしめられる。私の耳を心臓に寄せるように、強く回された腕。
ふわりと香る彼の匂いと……私に負けず劣らず大暴れな鼓動。
「今だってしてるよ……好きな女相手に余裕なんてねぇの……」
それから、どれくらい抱きしめられて居たのか。
とくとくと、早いながらに正常になった心音は私を落ち着かせるには十分で、どうしようもなくささくれた心をじんわりと温めてくれる。
「七瀬君、追いかけて来てくれてありがとう」
「ん……」
「もう大丈夫だから、その……一旦離れて欲しい、かな」
仕事にもどらなきゃ、と続けようとしたのに、ぎゅうぎゅうと抱きしめて阻む。