恋のはじまり

わからせっくすは漫画だけの話だと思ってた

「好きな女のタイプ? まず巨乳。そんで好き好き鬱陶うっとうしく言って来なくて、束縛してこない女。あー、歳上のがいいな。わきまえてるだろ、その辺」

がやがやとうるさい居酒屋の喧騒けんそうで、それでも一字一句聞き逃さず聞こえてしまったのは、彼の声だったから、だろう。

「クズ臭すげ〜」

「なんでお前がモテて俺がモテねーの?!」

やんややんやと湧く男たちと、「ひど〜い」って猫撫で声でノれる女の子­――

……もちろん私はその輪に入れない。

大学のサークルの飲み会は、来るんじゃなかったの一言に尽きる。

『邦画映像研究サークル』は、半年前まで細々と真面目に、大人しくそこそこの活動を続けていた。

映像を作るわけでなし、「邦画好き」というだけの集まりはたったの8名。

存続が危ぶまれるほどに地味だったというのに……

学内で最も目立つ男……九條くじょうけい先輩が、何を血迷ったのか突然加入した。

何故今更、と。

私、さかき佳菜子かなこは心から思った。

あれよこれよと、慧先輩目当ての女子やら、その女子目当ての男子やらが次々に加入。

8名から30名に膨れ上がって、あっという間に大所帯になって……ただの飲みサーになってしまったのだった。

 

私は決して安くはない会費をポチ袋に入れる。

(飲み放題の料金分、しっかり飲んで食べてやりゃよかった……)

開始20分でリタイアとか、撤収するには惜しすぎるが、心がしんどい。

「あのう、用事を思い出してしまいまして……」

幹事の先輩にこっそり耳打ちすると

「あー、はいはい。会費は?」

ぬっと差し出された手に袋をおけば「何これお年玉?」袋をひらひらともてあそび、鼻で笑われる。

途中で抜ける人は直接現金を渡すより紛失防止にもなるからいいと思うんだけどなぁ、ポチ袋。

(みんな、本当は映画なんて大して好きじゃないんだろうな……)

わかりきっていたけれど、憩いの場を土足で踏みにじられたような気分になる。

そこに降りかかったのが、先ほどの九條先輩のセリフだ。

­――巨乳で、束縛しない、鬱陶しくない歳上の女がタイプ。

しおしおと萎む心が、みるみるぺしゃんこになっていく。

真逆のタイプである私は­――高校時代の九條先輩に想いを寄せて、敗れていた。

………

………

………

九條慧という人は……。

いるだけでその場をぱっと明るくさせるような、笑顔ひとつで人を引き寄せる華やかさを持ち合わせていながら、万人に受ける耳触りの良い言葉よりも捻くれた発言の多い­

――高級で懐かない美猫びびょうのような男だ。

モテることを鼻にかけないが、謙遜けんそんもしない。

あけすけで不躾ぶしつけでニヒルで泰然たいぜんとした振る舞いは、未成年には見えないほど冷めていて……。

ビジュアルに群がる同級生を侍らせている現在とは対照的に、高校時代は一層敵を作りやすい人だった。

ぼっちの一歩手前でも、頭脳明晰ずのうめいせき眉目秀麗びもくしゅうれいの前では『孤高』という表現が相応しい様子だけれど。

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