マニアック

私を可愛く召し上がれ

「はぁー……めんどくさ……」

 カウンターでハイボールを注文し、会場の隅っこでケータイをひらいた。

チャットアプリにいくつかメッセージが届いていて、うち一件がご無沙汰の友人から結婚の報告だった。

「おぉー……いいなー」

 それはシンプルかつナチュラル、そして無意識にこぼした――本音だった。

「何が?」

「え?」

 声をかけられた気がして顔を上げると、今一番顔を合わせたくない人物がそこにいる。
………

………
「桜、何見てんの?」

「いやぁー……黒岩先輩にはちょっと……」

「はぁー? いいじゃん見せろって」

「あっ! ちょっと!」

 まさか覗き込んでくるとは思えなくて手元が滑る。

「……は?」

 覗き込み、そして、ケータイを奪われる。

「く、黒岩先輩……?」

 一瞬にして酔いが覚めたような……

表情が抜け落ちるという言葉の意味を私は初めて目の当たりにした。

「い、いや、それどういう反応ですか」

 何故か私の方が困ったようにケータイを取り戻すと――

液晶画面には女性の裸体と『絶対満足すること間違いなし! 女性用性感マッサージ』『今すぐ予約可能!』『絶頂のその先へ……』ゴテゴテに彩られた風俗の紹介ページ。

「え?! なんで……!」

 顔から火を吹くとはまさにこの事で。
………

………
 どうやらケータイを取られまいとした時に変な広告バナーを押してしまったようだ。

 慌ててブラウザを閉じたたけれど後の祭り。

 恐る恐る見上げれば黒岩先輩の引き攣った顔。

「あの、マジで違いますからね。ていうか、先輩が強引に覗くから手元が狂ったんです」

「あー……そういうことにしとくわ……」

「信じてないでしょう」

「信じる信じる……実際興味あんの?」

 海より深いため息をつく他なかった。完全に信じていないだろ。

 疑り深い視線に妙にイライラさせられる。

 それは、アルコールのせいもあったのかもしれないが……

どことなく「女のくせに」という空気が感じられたからかもしれない。

 口にするより前に私は後悔した。

けれど、元来天邪鬼あまのじゃくな『可愛くない女』である私は滑らかに滑る口を閉じることは出来なかった。

「今見ていたのは本当にこのサイトじゃないですけれど、全くないわけじゃないです。一回くらいは体験してみてもいいかなって」

「……本気で言っているのか? 相手がどういう奴かもわからないんだぞ」

「それはまぁ……仕方がないんじゃないですかね。ある程度清潔感があって、そこそこ常識が通じる人なら充分ですよ。それに、男の人より圧倒的に女性の方がサービスを受けられる場所が少ないから選り好みもできないでしょ。その点、男の人のが気軽な感じがして羨ましいかも」

 特別悪意を込めたわけじゃないのに、どうしても意地悪に声がとがる。

 きっと、私は醜い表情をしているんだろうな。

 顔を見られたくなくて視線を下げたのに、黒岩先輩のまとう空気が変わったのを感じ、つい目を合わせてしまった。

 表情は「へぇ」と、気のない返事通りの冷めたようなそれ。

一方で

 ――どうしよう、怒らせた……!

 ひりつくような、怒りをこらえているようなものが見えた。

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