マニアック

私を可愛く召し上がれ

私には手に入らないものだから、欲しがることすらしなかった。

 そうやって諦めたものは、両手の指で数えきれないほどあって――

彼もまた、そのうちの一人だったりする。
………

………

………
 月末。

 半年に一度訪れる大きな納期を終えると、我が社は大々的な打ち上げを行う。

 今回はビアガーデンを貸し切るという結構リッチな飲み会で、日々の鬱憤を晴らすかのように社員たちはこぞってハイペースにグラスを傾けた。

さくらさぁん! 飲んでるー?」

 取り分けられたサラダを、倍の時間をかけて咀嚼そしゃくしていた私にしなだれかかって来たのは我が社の名物受付嬢、美森みもり

「飲んでる飲んでる」

「何その適当な感じぃー。まったく、最近の若いのはぁ!」

 管巻くだまく美森は確認する必要もなく酔っている。

開始1時間もたたずこの仕上がりだ。

今日は荒れるだろう、と私は小さくため息をついた。

 わーわーにゃーにゃーと喋りまくる美森は何言っているかわからないが、確実に大した内容じゃないので、適当に相槌あいずちを打つに限る。

 それよりも、この梅雨明けの暴力的な暑さの中でどうしてこんなに美森はきれいなままを保てるのかと彼女の顔をまじまじと観察。

畜生、毛穴どこだよ。
………

………
 受付嬢らしく華やかな美森は、元の造形が整っていたのはもちろんだが、美容への努力は怠らない。

それはもう、ストイックそのものだ。

だからねたむならば同じだけの苦労を積まないと話にならないわけだけれど、やはり羨ましいと思ってしまう。

(「可愛くない女は無理」かぁ)

 

 先日、私は給湯室で聞いてしまったのだ。

 私と同じ課の、先輩にあたる黒岩和臣くろいわかずおみが、同僚たちと好みの女性のタイプについて軽口を叩いているところを。

 ――「黒岩ってどういう子がいいの?」

 ――「別にはっきりしたタイプはないけど、可愛くない女は無理」
………

………
 けっ、とやさぐれたように温くなったビールを飲み干す私は……なるほど、可愛くない。

「まぁ、べつにいいんだけどさ」

 私は幼少期から「可愛い」とカテゴライズされたことがない。

 集中力を発揮するといつだって怖い顔と言われ、合理的で効率を重視すると硬いだの冷たいだの指をさされることの繰り返し。

 学生ならまだしも社会人、仕事の場で女は実力だけで生きていくには難しいらしい。

いつだって「可愛げ」というニーズがどこにでも求められる。

(女に産まれたら標準装備できる仕組みに変えてくれませんかねぇ、カミサマ)

 上の空な私をよそに、別の課の、名前は知らない男性がやってきてしきりに美森にアプローチ。

 彼は堂々と美森だけを見つめていて、私からは当たり前のように顔が半分しか見えない。

そういえば何かの本で読んだな。

美人はいつでもひざを向けられるって。

 美森には悪いけれど、「他所でやってくれ」という表情が丸出しだったらしい。

 彼は私に「お前がどっか行け」と憎々にくにくしい視線を寄越してくるので流石に腹立たしかった。

当然揉め事を起こしたくないし、私は適当なことを言って席を外した。

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