その日の午後、私は資料室で探し物をしていた。
なかなか見つからなくて、やっと見つかったと思ったらやや高い位置にあった。
爪先立ちで背伸びをしても、もう少しのところで手が届かない。
「踏み台持って来ようか…。
って、どこにあるのよ?」
私は、部屋自体は広いが棚がいくつも並んで狭く感じる室内を見てうんざりする。
1列ずつ確認するか、と動き出そうとした時「はいよ」と、ほしかった資料のファイルが目の前に差し出された。
長身のそこそこ顔が整っている男性が、いつのまにか私の側にいた。
「ありがと。
「今日の朝には帰ってたけど、別の支社に行ってた」
部署は違うが私の上司にあたる
普段はお互い三島さん、篠田さんと呼んでいるが、2人きりの時はそれぞれ昔馴染みの呼び方をする。
「奈緒先輩、悩んでんの?」
「何を?」
「旦那さんとのセックスレス」
「どこで聞いてた?この地獄耳」
篠田君はニヤニヤ笑いながら私を見ている。
「食堂で隣のテーブルにいたんだよ、俺。観葉植物がテーブルの間にあったから、分かんなかっただろうけど」
「私と春香さん、そんなに大きな声をだしてなかったと思うけど」
「興味がある話ってさあ、なぜか聞こえるんだよね」
「嫌な奴に聞かれたな」
私はため息をついた。
「奈緒先輩、悩んでんの?何なら、俺で試してみない?俺なら、奈緒先輩を満足させられると思うよ?」
「興味はある。でも、篠田君は同性愛者じゃん。女を抱けるの?しかも恋人いるよね?」
「俺、同性が恋愛対象ってだけだから。恋愛が絡まないなら、女も抱ける」
「便利ね」
「俺もそう思う。それと、つき合ってた奴とは先週別れたからフリー」
私は篠田君の顔を見ながら、これも1つの転機かなと考える。
和史との関係が冷えてからも、人妻である限り不貞は許されないと思ってきた。
しかし私がそう思って倫理を大切にしていても、和史は関係なく不倫をしている。
そう思うと、律義に和史に対して操を立てていることがバカバカしくなってきた。
「篠田君、確認だけど本気で言ってるのよね?」
「俺、こういうことは冗談を言わないから」
「じゃあ、お願い。私だって、満足いくセックスっての体験してみたいし」
「了解」
翌日は休日なので、その日の夜に時間差で篠田君とホテルに入った。
知り合いに見られたくないので、ホテルは遠い場所にした。