恋のはじまり

忘れられなかった人

「あなたは後悔している恋があるようですね」

 たいして信じてもいない、むしろしゃかまえていた私を嘲笑あざわらうように、その占い師は続けた。

「諦めたつもりでも、心は嘘をつけませんよ」

 心臓をぎゅうと掴まれたように苦しくなり、私は適当な返事すらできない。
………

………
 友達に連れてこられた占いの館は、いかにもな雰囲気はまるでなく、

むしろ殺風景で何もない部屋だった。

 私、春野香澄はるのかすみとそう年の変わらない彼女は凄腕の占い師だと言う。

外見はまるでギャルなのだけれど。

「あなたが次の恋に臆病なのは、どうにもある男性の存在が大きいようですね。
深い運命というか……これは執念かしら? 
いずれにせよ切っても切れない縁があるのは確かです。
ですので、今回の相談内容である『同窓会に行くか行かないか』ですが
『行って運命を探す』というよりは
『行って過去と折り合いをつける』という意味で吉でしょう」

 斜に構えていた占いで、とんでもない結果が出てしまった時。

 人は多分自分が思う以上に間抜けな顔をしていることだろう。
………

………

………
 女の子は「かわいい」と言い続けるとかわいくなるのだと母は言い、

孫――私の姪に文字通り目に入れても痛くないくらい「かわいい」と愛でている。

 かつてはあんたのこともこうやって育てたのよ、と言われたときはなんとも言えないくすぐったさを覚えたのだが、

……母には言えないが、それをかき消す否定の言葉を子供の頃に浴びせられたせいか、

私は今「かわいい」と対局の生き物となってしまった。

 わけあって実家に出戻り中の私は、

孫の顔を見せに帰省した妹と数ヶ月ぶりに顔を合わせた。

 生後一年に満たない生物の奇妙な柔らかさが恐ろしくて、

ぎこちない抱っこしかできない私を妹は馬鹿にしたように笑った。

「お姉ちゃん、将来のためにもうちょっと慣れといた方がいいんじゃないの?」

「あー、それはお母さんの介護的な意味で?」

「うわ。笑えない」

 露骨に嫌な顔をされたのでちょっと傷ついた。

 私のせいでぐずりそうだった姪っ子を抱き上げた妹は

よしよしと揺れながら背中をぽんぽんとする。

 ふにゃふにゃの生き物は妹に抱き着きながらももぞもぞと落ち着かない。

私と妹は五つ歳が離れているので、妹が嘗て母にあんなふうに抱かれてい光景を知っている。

 ぐにゃぐにゃで乳製品っぽいような匂いをした生き物が、

いつのまにか自分のふにゃふにゃを抱いている――

なんだか奇妙だなぁと感慨深くなった。

 ちなみに、自分が赤ちゃんを抱いている将来など全く想像できない。

「あんたまであおらないでよー。最近やっと母さんの『結婚まだなの?』攻撃が止んできたんだから」

「一時的に孫に夢中になっているだけだからね。心配の種は拭えてない」

「うぇー」

「いや、『うぇー』じゃないって。……まだ、アレのこと忘れられない感じ?」

 妹は急に神妙な顔になったので、

すぐに「ないない」と否定。
………

………
 そう。私には婚約者がいたのだ。

 母に勧められた結婚相談所の紹介で知り合った彼……

いや、野郎とは文字通り「結婚を前提にお付き合い」を重ね、

じゃあそろそろ結婚するか、という所で彼の浮気が発覚した。

 というか、状況から見るに私が浮気相手だった。

 野郎には長年付き合っていた彼女がいたのだが「ヤるには丁度いいが、結婚はしたくない女」だったそうで

(口にするのもはばかられるレベルの最悪さだけれど本人がそう言ってた)

逆に私は「結婚相手として相応しい相手(セックスは微妙)」だったらしい。

つまりは野郎の条件として都合がよかったのである。

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