私がそのバンドに出会ったのは、二年前の冬だった。
あの日の私はとにかくボロボロで、そのバンドとの出会いを思い出すとそれと同時に今では笑ってしまうような悲惨なことも思い出してしまう。
「悪い、他に好きな人が出来た。もうお前とは付き合えない」
結婚を考えていた彼からの突然の言葉に呆然とし、なんとか彼を引き留めようと泣きながら縋り付いた私だったが、つい先日まで恋人だった相手だとは思えないほどに乱暴な手つきで振り払われ、一人取り残された居酒屋。
騒がしいお店で、普通恋人と会う時は使わないようなお店、それでも私はそれだけ彼が私に心を許してくれているのだと思ってた。
気を使わなくても安心できて、少しくらいわがままを言える相手。
そんな風に私は自分のことを思っていたが、実際はテキトーに扱ってもいいような、新しく気になる人が出来たら簡単に手を放してしまえるような、そんな相手だったようだ。
周りは酔っぱらいばかりで、泣いている私に気付いないのか、気にしていないだけなのか、とにかく私は一人、居酒屋で泣いた。
ほとんど彼が食べた料理の皿と、机の隅に残されたままのお会計用の紙。
それが視界に入るとあまりにみじめで、ただ首を下げながら身体中の水分が全て出てしまうのではと思うくらいに一人、号泣した。
そんな中、聞こえてきたのがその曲だったのだ。
騒がしい居酒屋のBGMはラジオ番組で、それも狭い地域でやっている地元のラジオ。
地元で活動しているというバンドのその曲は、キャッチ―でもなければ特段上手というわけでもない、普段なら気にも留めないメロディー。
でもその少しかすれたボーカルの声とどこにでもありそうなメロディーが、その時の私の心をほんの少しだけ癒してくれて、それでなんとか私はお会計を済ませて一人帰ることが出来たのだった。
その後、私はそのバンドのCDを手に入れ、狭いライブハウスでライブがあると聞けば通うようになっていった。
あまり人気もないバンドだった彼らだったが、時とともに人気が出るようになり、なんとつい先日メジャーデビューが決まったそうで、今日がきっと、私が彼らに会える最後のライブになるのだと思う。
活動を続けるたびに少しずつファンが増え、ライブハウスは大きくなっていったが、今日はいつものあの狭いライブハウスで、地元のファンに向けた記念ライブなのだそう。
ネットを探しても今日の情報はなく、どうも常連だけに声をかけていたようだ。
私は出待ちをしたこともなく、彼にプレゼントを贈ったことも声をかけたこともない、本当に目立たないファンの一人だった。
それでも今日だけは、彼にプレゼントを渡したいと思い、彼がいつもしているネックレスと同じブランドのブレスレットをカバンに入れてきた。
「あなたの声で、私は本当につらい時を乗り越えることが出来ました。これからも応援しています」
そう伝えられたらいいなと、そう思いながら訪れたライブハウス――
やっぱり彼らのライブはとても楽しくて、今日この場に来られて本当に良かったと思った。
ファンからプレゼントを直に渡せる時間もあり、私は初めて彼と言葉を交わした。
あまりの緊張に声が震えていたかもしれない。
それでも優しく微笑んでくれる彼に、身体中が熱くなった。
心臓がどきどきして、彼にその音が聞こえてしまうんじゃないか、なんて不安になるほどに。
ライブが終わり会場も片付けの雰囲気になり、私も一人、会場を出ようと出口に足を進めた。
このライブハウスにももう、来ることはないかもしれない。
寂しくて仕方がなく、涙がでそうになる。
これからも彼らの活動が続く限り、私は彼の声を聞いていられるのだから大丈夫――そう自分に言い聞かせて、出口へと続く階段を登ろうと足をかけ――その瞬間、誰かに手首を強くひかれた。
………
………
「えっ」
………
………
驚いてつい声が出てしまうも、その誰かは止まらなかった。
そのままその誰かは「関係者」とかかれた扉へと小走りで私を引っ張り、バタンと扉が背後で閉まる音がした。
混乱したままの私の前で振り返ったのは―――彼だった。