私は席に戻り、カバンとコートを取る。
「ごめん、ちょっと用事ができちゃったから帰るね」
「え……まさか彼氏と予定あったの?」
と、由衣。
「んー……そこは想像にまかせるわ」
意味深に濁しながら、心の中では「いませんよーそんなの」とツッコむ。
「まぁまぁその質問は野暮だよ。じゃあ、またね。
全てを察しているであろう芽衣子が帰りやすい雰囲気を作ってくれた。今日の彼女は控えめに言って神だ。
「じゃあ、お先にー……」
しかし感動もつかの間、私は見てしまった。
男性陣の不穏な空気というか……男共がそろいもそろって伊藤翼に「いいのかよ」と話しかけ、突っついているところを。
店を出る前から早歩きになる。
あれは、……絶対あれた。
「お前ら幼馴染なんだからいい加減仲直りしとけよ」
とか
「いつまで昔のこと引きずってんだよ」
とか。
訳の分からない親切心プラスαで「過去のことは全部水に流して今はラブ&ピース」!と主張したがる男特有のアレだ。同窓会マジックとも言う。
あいにく、私はそう言ったものに吐き気しか覚えない。
「……やっぱ早めに席立って大正解じゃん」
たとえ自宅までのバスに四〇分待たされようとも、あの場にいるよりは幾分まし……な、はず。
私は誰もいないバスターミナルで溜息をついた。
そのときだ。
「……彼氏に会うとかウソだろ」
背後からの声に驚いて振り向けば、翼が不機嫌丸出しの表情でそこにいた。
走ってきたのか、息を切らしている。
「……別に嘘ついてないし。想像に任せるって言ったんだけど」
「は?意味深にお前が帰るから変な空気になったんだろうが」
「別に私がいてもいなくても変わらなかったでしょ」
一方的に不機嫌な顔をされて、私の方だってだんだんイライラしてきた。伊藤翼は私のそんな態度を許すわけもない。
「本当に可愛くねーな」
――可愛くない。
過去、言われ続けた言葉が、やけに胸に刺る。
(……なんでもない日だったら、大丈夫だったのかな)
今日が、クリスマスじゃなかったら。
『特別』に嫌な日じゃなかったら。「知ってる」なんて取り付く島もなく返してやれたのに。
余計なことを言えば、どんどん自分が弱くなる気がして、私は目を伏せた。
「……送る」
「え?」
「家まで送る。どうせバス最終便まで来ないだろ」
「……いいよ。待つし」
「あー!もう、めんどくせぇな!」
業を煮やしたのか、翼は私の手をとった。
その手が、思ったよりも熱く大きくて……何より、彼の方から私に踏み込んできた事実が上手く呑み込めなくて、私は固まるしかなかった。
「……少し付き合え」
私と視線を合わせない翼は、私の知らない人みたいだった。