恋のはじまり

ジムの彼

「そろそろ時間になりますがー……まだ話したりない方もいると思いますので、二次会を行います♪二次会はカラオケですので、皆さんぜひご参加ください!」

スタッフのその一言にちらりと彼の方をうかがうと、どうやら彼は参加するような雰囲気だ。千香子ももちろん、参加することにした。

「はい、じゃあカラオケ楽しんでください!部屋移動は自由でーす!」

既にアルコールが回ったスタッフがそう叫び、二次会はスタートした。

一次会で仲良くなった席の人たちと流れで一緒に座ることになり、場所が変わっただけであまりメンバーは変わらない。

このままでは彼が来ているかもわからない……と思いながらも、千香子は席移動ができないでいた。

とった部屋は全てで3つで、5~6人が一部屋にいるような状態だ。

1人だけ移動したら雰囲気も冷めるだろうし、彼がどの部屋にいるのかもわからない。そもそも他の部屋は知らない人だらけだから、入っても馴染める気がしない……。

折角来たというのに、千香子は動かない言い訳を自分で探してしまっていた。

(どうしよう……)

そう考えているうちにも、千香子のまわりはどんどん歌い、アルコールを摂取していく。

気が付けば、周りはべろべろになっていた。そして、突然部屋に何人かがなだれ込んできた。

「はーい、みなさんこんばんはあ!」

酔っぱらってはいるが、一次会で見た顔ばかりだった。

そして、同じく酔っぱらったメンバーがはしゃぎだす――まさに酔っ払いの集まりという感じの盛り上がり方に、まだそこまで酔っていない千香子は馴染めない。

こっそりと部屋を出ても、誰も千香子が抜けたことには気が付かなかった。

「他の部屋もあんな感じになってたらどうしよう……」

逃げるようにして部屋を離れた千香子は、他の部屋に向かった。

知り合いはいないが、仕方がない。

他の部屋も酔っぱらっていたら、今日は帰ろう――そう思って扉をあけると、部屋はがらんとしていた。

「あ、れ……?」

どうやら、先ほど来た人たちがここの部屋だったらしい。

寂しいようなほっとしたような、でももう1つの部屋に行く気にもなれず、千香子は誰もいない部屋で1人、ほっと息をついた。

少し休んだら、もう帰ろうか……そう思った千香子だったが、その時、控えめに部屋の扉が開いた。

「あ、れ――?1人、ですか?ジムの方ですよね」

「えっ、あっはい……」

驚いて千香子は思わず姿勢を正した。

扉を開いて中に入ってきたのは、千香子のお目当ての、黒髪の彼だった。

「なんか私がいた部屋、他の部屋の方も合流してみんなで盛り上がってて……私あんまり酔ってなかったので、移動してきたら誰もいなかったんです」

「あっ、僕も一緒です。こっちも合流して盛り上がってて……」

どうやらここの部屋のメンバーが二手に分かれていたらしい。

彼も千香子と同様、そこまで酔っぱらっていないようだった。

「酔いそびれちゃったの、僕たち二人だけみたいですね」

「はは……そうですね……」

困ったように彼は笑っていたが、千香子はぎこちなくしか笑えなかった。

突然の展開に緊張して、心臓が苦しいほどに激しく動いている。まさか、密室に二人きりになるなんて――

そんな千香子の緊張を知らず、彼は千香子にむかってはにかんだ。

「はじめまして、ですよね。僕、川島達臣かわしま たつおみって言います」

「あ、山崎千香子です……」

達臣と名乗った彼も緊張しているのだろうか、とにかく間を持たせようと他愛のない話をぽんぽんと投げかけてくれる。

二人分のアルコールを改めて注文し、気まずさをなんとかするために、二人ともジョッキをハイペースであおることとなった。

それが功を奏したのか、会話から二人の距離は縮まっていた。

彼の仕事、年齢、いつからジム通いを始めたのか――そんな情報に千香子は内心ウキウキしながら相槌を打っていた。

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