あともう少しで深く眠る――。
うとうととまどろんでいた時、意識の遠くで気配を感じる。
研ぎ澄ました耳に「ガチャンッ!」と無機質な音が響いた。
「んん……今、何時……?」
私、
ぬくぬくと心地よい毛布からスマホへ手を伸ばせば、ちょうど11時。
「……お隣さんはまた随分遅いお帰りだねぇ」
特別うちのアパートの壁は薄いわけじゃないけれど、どういうわけかお隣の
私は布団から這い出ると、ぼんやりと隣人の顔を思い浮かべる。
お隣の飯田君。
眼鏡男子。
おとなしい。
おそらく同世代。
中肉中背。
システムエンジニア。
そして、ものすごく――……
「ふふっ……意外性、ってやつ?」
誰もいないのをいいことに、にやにやが止まらない。
私はベランダを開けて、サンダルをつっかけた。
「おかえりなさい」
吐息はまだ、白くない。
隣の部屋からは明かりが漏れている。
ここからは見えないけれど、びくっと空気を揺らすように反応しているのはわかった。
お隣さんも、ベランダにいるのだ。
「ごはん、まだでしたら、どうぞ?」
私はそれだけ伝えると、自室に戻る。
ケトルでお湯を沸かし、マグカップを二つ用意した。
間もなくして、チャイムが鳴る。
今しがた誘った相手の部屋に、わざわざ鳴らさなくてもと思うけれど、彼は律儀な性格なのだ。
「こ、こんばんは……」
「どうそ」
迎え入れると、多分、寒さ以外の理由で、少し顔を赤らめばつの悪そうな表情を作った飯田君がいる。
「……お邪魔します……」
「お仕事、今日もお疲れ様です。お帰り、遅かったですね」
「……今日こそ終電に間に合わないかと思いました」
「あら大変。もっと遅くになる可能性もあったんですね。私起きていられたかしら」
会話しつつも、鍋に火をかけ電子レンジを設定するのを忘れない。
炊飯器からごはんをよそおうとすると「いえ」と飯田君が慌てた。
「そんな、待って頂くなんて……」
「待ちますよ、て、いうか、起きちゃうもの」
少し意地悪だったかもしれない。
飯田君が「すみません」と言う前に、ずいっとチンしたハンバーグ(特大)を突き出した。
「どうぞ。飯田君のために作ったんですから。たくさん食べてくださいね」
ごくり、と。
彼ののど元が上下したのを見逃さない。
どんぶりに山盛りのごはんと筑前煮、ハンバーグとひじきの煮物がテーブルに並ぶ。
「頂きます」
――建付けの悪い部屋の住人、飯田君。
眼鏡男子。
おとなしめの性格。
おそらく同世代。
中肉中背のシステムエンジニア。
そして、ものすごく――よく食べる男。
決して下品ではないけれど、一口が大きい。
一心不乱に箸を動かす彼を見て、思わず暖かい気持ちになる。
「美味しいですか?」
「ん……はい、とても」
喜んで私の作ったごはんを食べてくれる。
それは、金曜日の夜だけの、奇妙な関係だった。