マニアック

クラブ

私は安永(やすなが)ひとみ。

趣味は、仕事の後に一人でクラブに行ってお酒を飲むこと。

友達と騒ぎに行くのも好きだけど、人がたくさんいて騒いでいる中で、一人でゆっくりお酒を飲みながら音楽を聴くことが好きなのだ。

今日はようやく訪れた金曜日──

仕事も問題なく終わり、一人で食事をしてからいつものクラブに足を踏み入れた。

浮かれたその雰囲気が、私は嫌いじゃない。

ざわざわとうるさいけれど、それがなんとなく、心地よいのだ。

 

いつも通りロッカーに荷物を入れて、購入したドリンク用のチケットを持ってカウンターへと近寄っていく。

すでにカウンターの周りは人でいっぱいで、どんどん人が割り込んでくる。

ここでは押しやられたら負けだ。

人に負けないように大声で注文しながらチケットをだして、カウンターの店員がそれを受け取ってくれたらようやくドリンクが手に入る。

「生ビール!」

今日はビールの気分だったので、そう叫んだ私に店員が寄ってきてくれた。

まあ、生ビールなんて注ぐだけで出せる簡単なメニューだからかもしれないが、いつもよりスムーズにドリンクを手に入れられたことに少し気分が上向きになる。

ひんやりとした大ジョッキが手渡されて、私は壁際の小さなテーブルへと移動した。

騒がしいフロアには人が大勢いて、押し合いもみ合い騒いでいる。

そこから少し離れた──と言っても音楽は大音量で聞こえるし、薄暗くてほとんどフロアみたいな場所──

壁際には小さな丸いテーブルが置いてあって、みんなそこにドリンクを置いてはおしゃべりや音楽を楽しんでいる。

椅子はなく、立っていることしか出来ないが、それももう慣れっこだった。

ビールを飲みながら、大音量の音楽を浴びると、身体がびりびりと震える。

大声が飛び交い、踊り続ける人たちのなかで、自然と私の身体もリズムにのって揺れた。

 

それから10分ほどたっただろうか、私のジョッキの一杯目が空になり、次のオーダーを頼みにいこうかと考えていた時だった。

フロアがふいに暗くなり、人の顔が見えなくなる。

さらに音楽の音量があがり、低音がフロアに響いてビリビリと空気を揺らした。

一時間に一度訪れる、フィーバータイムだ。

人の顔が見えないくらいに照明が落とされた中で、みんなが踊り狂う。

身体を震わせる低音が心地よくて、私は瞳を閉じた。

ずん、ずん、とリズムにのって鼓動が震え、気持ちがいい──と、そこで、お尻に何かが触れた。

温かくて、柔らかい何か。

それがなんなのかなんて、すぐにわかる。人の掌だ。

「──ちょっ、と!」

後ろからやってきた人間と机にぎゅっと挟まれるようして立たれ、後ろからのしかかられる。

男の身体が背中にぺったりとくっついているような状態になって、まるで恋人のような体勢だ。

フィーバータイムのフロアはそんな私の状態には一切気付かず、バカ騒ぎが続いている。

お腹に男の手が回ってくる。

きゅ、と抱きしめられてしまえば、もうそこから抜け出せる気がしなかった。

「お姉さん、名前なんていうの?」

「……なんでそんなこと答えないといけないの」

「いいじゃん、せっかく出会ったんだしさ」

低い声だ。フロアの音にも負けない、低くて、柔らかい男の声が、私の耳元で吐息を混ぜてささやかれる。

耳元にそっと息を吹きかけるようなしゃべり方に、背筋がぞくぞくした。

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