「じゃあ、明日の撮影は泊まりだから…しっかり準備、してきてね?」
「わかってますって、もー、愛子さんは本当心配症なんだから!」
彼がそう言うと、周りはくすくすと笑った。
カメラが回っていない状態の表情でさえ様になるのだから、本当にモデルってすごい存在だと、愛子は思った。
愛子の目の前に立っているのは、今大人気のモデル、
王子系のルックスでニコニコとかわいらしい彼は、23歳という年齢もあり、年上の女性に大人気だ。
youtuberとして活動していたところを社長がスカウトし、現在は売れっ子なのだからやはり社長の見る目はすごい――
そんなことを愛子は思っていたのだが、まさか自分が彼のマネージャーに任命されるなんて一か月前は想像していなかった。
聞いた話ではミズキ本人からのご指名があったそうだが、どうにも信じられなかった。
愛子の働く芸能プロダクションは業界でも名の知れた会社で、規模も大きければ業界での権力も大きい、いわゆる大手だ。
大勢の芸能人を抱えているプロダクションにはどれだけでも敏腕マネージャーと言われるような人間がいて、愛子はその中でも目立たない存在だった。
「変なことが起きない子って安心できるんだよね」そんなことを採用された時に言われたことがあるほどに、いわゆる平凡な愛子は、今年で29になる。
仕事が忙しくて休みの日はほとんどベッドの上で過ごし、恋人もいない――そんな愛子に、ミズキはまぶしかった。
人気なだけあってルックスは抜群で、たまにじゃれてくるところもかわいらしい。
年下の男としての自分の魅力を自覚しているのか、かわいらしさと男らしさのギャップが抜群にうまい。
マネージャーという自分の立場を自覚していても尚キュンとさせられてしまう自分が嫌になってしまうのだが、仕方がない。
せめてしっかりマネージャーとしての仕事をまっとうしようと愛子は必死だが、それを「かわいいね」なんてミズキは言うものだから、逃げ出してしまいたくなるのだった。
恋愛感情かと言われればそれも違うが、とにかくミズキに振り回されっぱなしの自分が恥ずかしいのだ。
明日の撮影はミズキの初の写真集用のもので、「彼と一緒に旅行」をコンセプトにしたものだ。
旅館での撮影もあり、彼女気分が味わえるような写真集になる予定だった。
「うん、いいねいいね!」
バシャッとシャッターを切る音とフラッシュの光が部屋で反射する。
朝早くから始まった撮影はスムーズに進み、既に旅館での撮影が始まっていた。
温泉上がりで浴衣姿の彼が窓際でポーズ撮り、それがカメラにおさめられていく。
日中はかわいらしくはしゃぎ、夜には色気をまといとろけた瞳でカメラを見つめる――きっとこの写真集も話題になるだろう、と確信が出来る程に彼の魅力が詰まった撮影だった。
「はい、オッケーです!お疲れ様!」
バシャッとシャッターの音が部屋に響き、カメラマンがそういうと、部屋が拍手の音で包まれる。
「お疲れ様です!ありがとうございました!」
ミズキがそう言って、撮影は終わった。
予定ではもっと遅くまでかかることになっていたが、時計の針はまだ9時前だった。
「ありがとうございました、こんなに早く終わって……」
愛子がカメラマンにお礼を言うと、カメラマンは首を振る。
「ミズキさんがすごいんですよ、すごくスムーズに進んだので、こちらも大助かりです」
「いえ、そんな……」
「今日はこの撮影で終わる予定だったんですが……早く終わったので、僕たちは野外の撮影に行くことにします。明日は7時からですよね」
「ええ、そうですが……皆さん、こちらにはとまらないんですか?」
予定ではカメラマンやスタッフと一緒に泊まることになっていたのだが――
予定より早くに終わったこともあり、彼らは予定を変更したようだ。
一日目が終わった労いの宴を設ける予定だったが、こちらも予定変更だ。
「いえ、泊まりますが――遅くなると思いますので、明日またお会いしましょう」
そう言って愛子とミズキ以外のスタッフたちが、ぞろぞろと部屋を出ていった。
撮影のために旅館を貸し切っていたのだが――これだと、夜中まで……というよりはおそらく寝るまで、旅館には愛子とミズキの二人きりになりそうだ。
部屋も違うし、だからと言って何もないのだが――少しだけ緊張してしまう愛子のことなどまるで気にせず、「二人きりだね」とミズキは笑った。
そのあと二人で食事をし、愛子は部屋をあとにした。