マニアック

妄想女子とリアル体験

「うわー……おしゃれなビル」

 その建物は複数の会社の名前があった。

出入りする人達はみんなデキるビジネスマンって感じで、

明らかに大学生の私はなんか浮いている。

 緊張しながらエントランスホールに入ると、

時計を気にしている男性が一人いた。

 シンプルなシャツとパンツは、長身の体躯をさらにスタイル良く魅せるデザインで、

汚れ一つないシューズがいかにも大人な雰囲気だ。

(めっちゃ清潔感ある……
こういう人はどんなに酔っぱらっても軽率にナンパとかしないだろうな……)

 私はここ数ヶ月で遭遇したベストオブろくでなしの顔を思い出してしまった。

慌てて頭をふるうと、男性はこちらに顔を上げた。

 私の緊張とは相対して、

まるで背景に大輪のヒマワリが咲いたように男性の表情はぱぁっと明るくなる。
 

「もしかして玲愛ちゃん?」

(え! 私こんなイケメン知り合いにいないけど……)

 疑問に思いながらも咄嗟に頷いてしまった私に、

彼は「やっぱり!」と嬉しそうに私の手を取った。

「はじめましてー! アタシ、美緒のいとこの由紀です。
今日は朝早くからありがとね!」

 私は今度こそ完璧に固まった。

 それは『さわやか』でもあり『物腰が柔らかく』もあり――

『女性的』な口調だった。

「美緒から話は聞いてるわよぉ。玲愛ちゃん演劇部だったんですってね!
 頼もしいわぁ。
あ、でも今日撮影するのはあくまでプレゼンに使う資料だから、
いきなり演技力を求められたりすることはないから、そこは安心してね!」

 案内されたエレベーターの中で、私は、そうですか、と、わかりました、を連発した。

 こっそり由紀さんの様子を伺う。

(オネエならぬ、乙女系男子……?)

 てっきり女性と思い込んでいた。

「あら、玲愛ちゃんもしかして緊張してる? 
初めて来る場所だとそうなっちゃうわよねぇ。
でも安心してね! うちの会社女の子ばっかりだから! 
そうそう、今回作る動画のストーリーなんだけれど、元はアプリゲームでね、」

「あ、配信されているアプリのストーリーは頭に入ってます」
 
「そう? 助かるわぁ! じゃあそっちは問題ないわね」

「……そっち?」

「え、美緒から聞いてないの?
 全年齢対象バージョンと、一八禁バージョンの両方を作るのよ?」

 再び、頭の中がフリーズした。

 一八禁。一八禁の乙女ゲームってなんだ。それは乙女なのか?

「聞いてないです!」

「あらー!」

 由紀さんは口元に手を当てたけれど、

仕草がお上品すぎていまいち本当に驚いているのかわからない。

 そして私たちの間に微妙な空気が流れた時。

ちょうど目的のフロアに到着する。

 エレベーターの「チンッ」というベルが、やけに間抜けに感じた。

「え、えぇっと……どうする?」

「……せっかくここまで来たので、お話を伺ってもよろしいでしょうか」

 あは、と引きつり愛想笑いを浮かべ……

私は三万円の意味を改めて思い知った気がした。

(美緒……後で絶対問い詰めてやる)

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