「せっかく来てくれるのに、どこにも連れていけなくてごめんね」
スマホの向こうで、単身赴任中の夫ハル君が申し訳なさそうな声を出した。
「このご時世だもん、仕方ないよ。
それに暑いし、私はハル君に会えるだけで満足だから気にしないで」
私は本心からそう返す。
「そうだけどさ。せっかく観光地なのに…」
と、ハル君はブツブツ言ってる。
………
………
………
ハル君が単身赴任して行ったのは、2年半ほど前。
私は当時別の会社に勤めていたので、後から追いかけて行く予定だった。
観光地だからいろいろ見て回ろうねと約束してたんだけど、
そこに襲いかかってきたのが例の感染症。
とてもじゃないけど、ハル君を追いかけられる状態ではなくなった。
なぜなら私がいる地域も、ハル君が移った地域も緊急事態宣言が出されたから。
加えて、ハル君の仕事は対人でのものがほとんど。
ある程度はリモートとかに切り替えてるみたいだけど、
難しい部分が多くて対人は必須となる。
だからか会社の決まり事も厳しくて
日々の検温・消毒の記録は当然欠かせず、
プライベートの予定なんかも報告しなきゃいけない状態。
そんなこんなで、私は仕事を辞めた後も2人で住んでたマンションに残ってた。
幸い翻訳ができるので仕事はすぐに見つけられたけど、
ハル君といつ一緒に暮らせるかどころか、いつ会えるかの目途すら立たなかった。
2年半ほどただテレビ電話で会話する日々が続いて
ようやくこの夏にハル君と会えることになった。
でも、観光地巡りはやっぱり無理そう。
残念な気持ちがないわけではないけど、
それでもハル君と会える嬉しさの方が強い。
「せっかく、海とかも考えてたのに…」
と相変わらずハル君はブツブツ言ってたけど、
「そうだ!」
と言った。
………
………
「どうしたの?」
「ユリちゃん、こっち来る時水着持って来てよ」
「水着?どうして?」
「いいから、いいから」
さっきとは打って変わって上機嫌なハル君に、私は
「自粛生活で太ったから水着は恥ずかしい」
とは言えなかった。