マニアック

お兄ちゃんだって思ってたのに

秋の音がそこここから聞こえ始める、九月の終わりである。

そういえば今日で、元カレと別れてちょうど一年がたつ。

梨々香りりかはふとそう思って、隣を歩く歳上の男を見上げた。

「どうかしましたか」

その視線にすぐ気づいて、空也くうやは彼女に優しい眼差しを向けた。

まるで夢の国の王子様のようだと、しばし見惚れる。
………

………

奇しくもこの空也と出会ったのも、一年前の今日だった。

元カレと嫌な別れ方をして、暗い気持ちで帰宅をしたら、マンションの隣の部屋に引越し業者が出入りしているのが見えた。

忙しなく荷物の置き場所を指示していたのが空也で、梨々香に気がつくと優しい笑みで「初めまして」と挨拶をしてくれた。

それは傷ついた心に染み入るような温かい笑顔で、私は思わずぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

空也はぱちくりと瞳を瞬かせて、しばらく考え込んだ後、何も言わずにぽんぽんと梨々香の肩を叩いてくれた。

「えらいね」

初対面の、それも事情も知らない歳上の男性に、そんなことを言われるなんて思わなかった。

でもそれがあまりに優しい声音をしていたから、梨々香は少しも不快じゃなかった。

「ありがとう…」

梨々香がクシャクシャな声でそう呟くと、空也は荷物の中から、封も開けていないバスタオルを引っ張り出して、彼女の肩にかぶせてくれた。

ふわふわ…と言うと、空也はちょっと笑って、

「これからよろしくお願いします」

とタオルに負けないくらい柔らかく梨々香と握手をした。

それ以来、梨々香と空也は度々話をするようになり、一緒に出かけるようになり、互いの部屋を行き来するようになった。

空也はいつも穏やかだが、時々歳上ぶれずに可愛い面を見せたり、思わぬところで豪胆だったり、一緒にいて楽しく、心穏やかにあれる相手だった。

「空也ってお兄ちゃんみたい」

そう梨々香が言ったとき、空也は微妙そうな表情をしていたけれど、出会ってから一年たった今、二人の関係は「兄と妹」に近かった。
………

………
「…梨々香?」

「あ、ぼうっとしちゃった!ごめん」

物思いにふけって一瞬返事が送れた梨々香を、空也は心配そうな眼差しで見つめていた。

ブーツで秋の葉を踏みながら、マンションに続くこの道を元カレと歩いたことを思い出す。

もうずっと、空也と歩いた回数のほうが多くなったけれど。

「ううん、元カレのこと少し思い出して」

今はもう、顔も思い出せない昔の恋人に想いをせる。

時折懐かしく苦しく思い出してもいいはずなのに、この一年少しもそうはならなかった。

彼には、もう会うこともないだろう。

それを寂しいとも思わない。

「そう…ですか」

「うん」

連れ立って街路を歩みながら、梨々香は空也と出会ったときのことばかり考えていたので、元カレのことはすっかり忘れてしまった。

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