「もう無理」
その言葉を何度も口にし過ぎたせいか、
目の前の旦那はスマホから視線を外すことなく、返事もない。
「ねぇ……聞いてる?」
見てもいないテレビはつけっぱなしで、ひょうきんなバラエティが私の神経を逆なでする。
足元には脱ぎ捨てられた靴下。
通勤カバンからのぞく弁当箱。
ソファに直に置かれた水滴のついているペットボトル。
そのどれも、何一つとっても最悪。
「は?」
は、じゃないわよ。
と、言いたくなる気持ちをぎりぎり抑えたのは、理性なのか本能なのか……
いいや、諦めだったのかもしてない。
「……私だって仕事して帰ってきて疲れているの」
「はぁ? じゃあ休めば?」
「……っ!」
大人三人は座れるソファを崩した姿勢で陣取る旦那は
私にどこに座るスペースがあると思っているのだろう。
「百歩譲って早く帰ってきた私が食事の準備をするのは仕方がないと思うよ?
でも食器も下げず、お弁当箱も出さず、お風呂も洗わないし入らないで何それ。
やらなきゃいけないことがこんなにあるのにどこに休める時間なんてあるのよ!」
「うっせーな。そっちが勝手にやっていることだろ」
なにを言っているんだお前は、という顔をしている旦那。
明日もお互い仕事で、そのためには寝る時間を確保しなくてはいけなくて。
あと二日それを頑張っても、週末は掃除部屋の掃除に追われて終わる。
生活費を
外食に頼ると旦那はいつだって金額をぶつぶつ口にする。
私は叫びだしたい気持ちを懸命に抑えた。
抑えて、抑えて、結果、崩れた。
「わかった。もういい」
水仕事のために付けたエプロンを放り投げ、
スマホと財布と車のキーが入ったカバンを掴む。
そのまま玄関へ向かったが、当然旦那から声がかかることなんてなかった。
………
………
………
車を走らせた私が向かった先に『
郊外にあるそこは、温泉の看板を背負っていても、普通の入浴施設ではない。
外観はラブホテルそのもの。
実際、ラブホとしての営業もしている。
でも、この施設は知る人ぞ知る出会いの場……。
ワンナイトを楽しむ人たちの社交場なのだ。
「はぁー……ずっと我慢していたけど、しっかり発散させなきゃ」
受付前でぐっと背伸びをした私は、先ほどまでの殺意に似た感情を振り払う。
ワンオペ家事を押し付けてくる旦那のことなんてもうどうでもいい。
「女性一人、宿泊のレディースプラン。
オプションはバブルルームとエステをお願いします」
受付で手続きを済ませる私は、手慣れているようで
実はこの施設と一年ほどご無沙汰だったことを思い出す。
(まさか新婚になっても通うことになるなんて思わなかったわよ)
ばれないように微苦笑し、バブルルーム……混浴施設へ向かう。