恋のはじまり

再開と再生…

教師に夏休みなどない。

私、砂原奈津すなはらなつは五度目のそれを痛感する。

働き方改革も虚しく、我が学区ではいまだ学校プールの開放から始まり、サマーキャンプ、図書室開放、盆踊りなど、イベントが盛りだくさんだ。

そこに部活動指導も入るものだから「あれ?私毎日出勤してない?」なんてことが当然になるわけで

「あぁ……やっと金曜日が終わる……」

頭がとろけそうになる暑さに、帰宅時にはぐったりと足を引きずる日々が続いていた。

「奈津先生、疲れが抜けないねぇ。若いのに」

にやにやとからかってくるのは西村先輩だ。

年齢は一回り違うのに、俊敏かつ的確に子供たちを指導する姿は私よりよっぽど若々しい。

山々に囲まれたこの「やまびこ小学校」に養護教諭として赴任してから早五年。

コンビニすらない村社会のこの土地で、西村先生と気の知れた仲になれたことは、私の生活を大きく左右したことだと思う。

「若さと夏バテは関係ありませんから。てか、この地形が悪いんですよ。なんなんですか、冬は大雪で苦しめられるのに、夏は夏で連日40度越えとか」

「盆地で生きてくって過酷なのよ。慣れよ、慣れ」

「慣れる前に天に召されるかも……」

「もー養護教諭なんだからその辺はしっかりしてよぉ」

あつい、とろける、アイス食べたい、なんて、中身も内容もないことを繰り返しながら二人で校内をだらだらと巡回し、施錠を終えた。

「はぁー。こう暑いと夕飯の準備もなにもしたくないわぁ」

「かといえ惣菜で済ませようにも、もう閉まっていますもんね。スーパーに行こうものなら車で片道30分かかるし」

「どこに行くにも不便しかないわよねぇ。……それはそうと、奈津ちゃんお盆はどうするの?ご実家までとんでもない距離じゃなかったっけ?」

「今年も安定の引きこもりです。帰省はしません」

実行したことはないので推測だが、帰るとなれば高速道路からも新幹線からも空港からも遠いので、どの手段を使っても八時間近くかかるはず。

「そう。でもあまり体をなまらせないようにね。新学期がきつくなるよ」

「わかっているんですけど、できれば一日中布団の上で過ごしたいんですよね。クーラーの効いた部屋で、アニメ見ながらお菓子たべて漫画読んでゲームがしたくて」

「それ、絶対生徒にばれないでよね。いい加減、彼氏の一人や二人隣町あたりからかっぱらってくれば?」

「完全に盗賊じゃないですか」

それじゃなくても、自分に彼氏ができることはないだろう。

村の環境とかではなく、トラウマが生まれたあの日から。

自分にはどうにも、恋というものが二度と来る気がしない。

………

………

西村先生と別れた後、ちりっと過去の記憶が蘇りそうになり、頭を振る。

………

………

思い出したところで痛いだけのそれから意識を払った。

「……うん、今考えるべきは、今日の夕飯……」

さすがに飽きているのでカップ麺は回避したい。

幸いレトルトと缶詰はたんまりあったはず。

そうこうしているうちに、私は雑木林を抜け、現在自宅として借りている平屋につく。

アパートもない村なので、賃貸を借りるなら一軒家しかないのだ。

建付けの悪い玄関を開けたところで、先ほど抜けたばかりの雑木林を一台の車が走ってくるのに気が付いた。

「……宅配?」

目を凝らせばセダンであることがわかった。

誰か迷い込んだのかと疑問に思っていると、その車は庭で停車した。

玄関から遠巻きに様子を伺っていると、運転手が下りる。

そして

「……砂原」

苦味虫を噛み締めたような、どこか安堵しているような、なんとも言い難い表情で私を呼ぶ。

「……飯田君?」

すらっと長身の彼は、車を施錠し、こちらへ向かってくる。

あぁ、この様子じゃ、道を間違えたとか、そういうことじゃない。

………

………

………

――別に好きじゃねぇよ、あんなブス。

耳の奥に蘇る記憶、同時に心臓が速く脈打つ。

飯田和樹いいだかずき

眼前の幼馴染は、私が地元へ帰りたくない理由の一つであり、全てだった。

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