「牧野君、シートベルトして、そう、それね、ここに挿して」
彼はゴチャゴチャとしてから漸くシートベルトをすると、私は車を動かした。
「井上さんの車、綺麗ですね」
そう言いながら彼はぐるりと車内を見回した。
「そう?あ、冷房、風来てる?」
「えぇ、大丈夫です」
間もなく家に着いた。
車から降りて、私は彼を家に入れた。
「あ、牧野君、ゴメンだけど鍵締めて、そうそう、ありがとう。さ、入って入って」
彼は私に続いて玄関を上がって廊下を渡り、
彼はその美しい目を輝かせながら辺りを見回した。
「とても綺麗ですね」
私は冷房をつけて、麦茶を出す為に冷蔵庫へ向かった。
2つのコップにそれぞれ均等になるように注ぎ、氷を2、3個入れて、それを持ってソファの前にあるテーブルに置いた。
そして私は片側を空けてソファに座ると、まだ扉の前で突っ立っている彼にその空いたスペースを叩いて座るよう促した。
彼は恭しく歩いて来て、ソファに浅く座った。
私は麦茶を一口飲んだ。
「牧野君は彼女とかいないの?」
私は今更こんな事を聞いてみた。
特に何か彼からの返事に期待していた訳ではなかったが、何となく予想はついていた。
しかし彼は私の予想を裏切った。
「はい」
私は驚いて彼を見た。
彼は瞬き一つせずに麦茶の入ったコップを神妙な面持ちでじっと見つめていた。
カランと氷の溶けた音がした。
え?どういう事、彼女、いるの?
私の頭は混乱していた。
そもそもあたしは何故彼を家に連れてきたのだろう?あたしは人妻で、彼は高校生。
先程まではわからなかったけれども、冷静になって考えると、あたしの行動はあまりに危険であった。
いくら夫が浮気をしているとはいえ、未成年の男を家に連れて、平日の昼間から彼と男女の熱い交わりを期待して乙女のように心を踊らせているのは悪い事ではないか。
実際にあんな事そんな事が起こらなくても、それを期待している時点でアウトであろう。
私は自分自身が恥ずかしくなった。情けなかった。馬鹿馬鹿しく感じた。
踊り上がっていた心が冷めて、そのほとぼりが何とも私を
にした。
目の前にある全ての事物が虚しく感ぜられた。
私は俯向きながら心の妙に落ち着いたのを感じると、段々と涙が溢れて来た。
さっきまでのは一体何だったの?今、幸せですかだって?僕が何でもします?さっきのあなたの涙は何だったの?あなたにとって私は何なの?ん?私は何故彼に彼女のいる事がそんなに気に食わないのだろう?そもそも何故そんな質問をしたの?