錆島と別れて二時間後、紗季は濁高校の裏手を走っていた。
清高校と濁高校は裏手側が面しており、コンクリートの壁はあるものの、一部が崩れて穴が空いている。
来月の工事で修復する予定になっていたため、紗季はそのこととその場所を把握していた。
「あったわ!よ、良かった……!とりあえずあそこから逃げて、また後日お話しにきましょう。真心を持って何度もトライすれば、きっといつかは分かり合えるはず…!」
ちょうど円形状に空いている穴は、小柄な紗季ならばなんとか通れそうな大きさだった。
「おい、お嬢さまがいたぞ」
「はは、逃げ足早いな。あれ、もしかしてあの穴に向かってるんじゃねぇ?」
「あ……っ!追いつかれてしまったわ!急がないと……」
紗季は壁の穴に身体をくぐらせて、這いずるようにして前進する。
肩をすぼめて、胸を片手で潰し、腰を通過させ、あとは尻を引き抜くだけだ。
「はぁ、はぁ、どうにか逃げられそうだわ」
紗季は走り疲れて荒れた息を吐きながら、濁高校を訪れた時のことを思い出す。
校舎の入口でみかけた三年生らしき男子に、紗季は満面の笑顔で声をかけた。
「初めまして!わたくし新たに清高校の生徒会長になりました、綺羅崎紗季と申します!濁高校の生徒会の皆さまにご挨拶に参りました」
「生徒会長?ンなもんいねぇよ。っていうか錆島はどうしたんだよ。アイツいつもスカしやがって、今日絞めてやろうと思ってたのによ」
「まぁまぁ、錆島のことは許してやれよ、代わりにこの子にお詫びしてもらえばいいじゃん」
「なるほど、いいアイディアだ。よし、アイツらも呼ぼうぜ」
男子生徒たちはニタニタと嫌な笑顔を浮かべると、無遠慮に紗季の身体に腕を伸ばしてきた。
紗季が本能的な恐怖で身を翻すと、男子たちはゲラゲラ笑いながら後を追ってくる。
校門に向かおうとしたが、背後の男子たちの仲間らしき生徒たちが待ち構えているのが見えた。
くるりと方向転換して、校舎の裏側を目指す。
こうして紗季は、走って走って、清高校と濁高校の境目にある壊れた壁へと向かった。