そんな会話をされていることなどつゆ知らず、俺は会社の屋上にいる。
回るだなんて、ただの嘘だ。
そんな気力、あいつが来てからとうに失せた。
なんにも身に入らない。
仕事だって飯だって、就寝だって、
妻がいないこの世界で俺はもう立ち直れないんだ。
………
………
「‥‥‥会いたいな。」
一筋涙をこぼす。
情けない。
なんだか女々しくて妻に笑われそうだ。
気を張らないと。
だけどな‥‥‥
「ここからならお前に会えるか‥‥‥?」
俺は屋上のてすりをがっちりとつかんだ。
「会いたいんだ。お前がいないと俺は‥‥‥なにもないんだ‥‥‥」
「やめて」
「!!」
ひんやりとしたごつい手が、俺の手を握った。
俺は驚いて振り返れば、本村文人がいた。
………
………
「‥‥‥なんだ」
「あの、平井さんは営業に行ったんじゃなかったですか?」
「どこで何をしようと勝手だろう。放せ」
「いやだ」
俺は本村の顔から眼を離す。
だめだ。こいつはなぜか妻に似すぎている。
身長だって、声だって、顔だって、
人間から生まれ出てくる香りも同じなんだ。
「意外。平井さんは結婚を後悔しているのですか?」
「何が意外だ。後悔はしているわけないだろう。」
「じゃぁなんで死ぬの?」
「死ではない。妻に会いに行くだけだ」
「どこにいるかわかっているのに?」
「俺たちは夫婦だ。一緒にいないとダメだろう。けどあいつ‥‥先に‥‥‥」
涙ぐんでいる。恥ずかしいな。
なんでこの男はそこまで俺に構うんだ。
手をバッといきおいよく抜き取れば、いきなり抱きしめられた。
思わずあっけらかんとしてしまう。