「今日もお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
まるで何もなかったかのような表情で、僕たちは玄関で別れの挨拶をした。
隆くんも降りてきて、僕に挨拶を言った。
この時の優香さんは、やっぱり『いい母親』の表情をしている。
さっきまでの『わるい女』の表情は、一片たりとも見えない。
ただ、額に少しだけ汗がにじんでいるのが、先までの情事を物語っていて、僕はいつも少しだけうれしくなる。
「今日もありがとうございました。来週もよろしくお願いします」
「うん、ありがとうね」
僕はこの隆くんの笑顔も裏切っているのかと思うと、少し胸が痛んだ。
けれど同時に、早くまた彼女と交わりたいとも思っているのだった。
この裏切りだらけの関係にいつか終わりが来るのだとしたら、きっとそれは僕が僕自身を裏切ったときなのだろうな、と思った。
少なくとも、僕が大学を卒業するまでの間は、隆くんを教えていくことになるのだろう。
いつ、僕が僕を裏切るのか、そして、優香さんが優香さんを裏切るのか、それは分からないけれど、その瞬間までは、この関係に身をゆだねていようと思う。
そう思いながら、僕は家を後にした。
今日はこの後、彼女と食事をする予定だった。
僕の気持ちはさっぱりと、優香さんの心から離れていた。
僕たちのつながりがほどけたその時に、僕たちの恋は、いつも終わる。
僕は彼女のことを「わるい女」だという。
けれど、僕だって、「わるい男」なのだ。
僕の背後で、ドアがバタン、としまる音がした。
- 了 -