ハチさんとは数年前、線路を跨いだ陸橋の上で出会った。
私は陸橋からボンヤリと電車の動きを見ていた。
その時、声をかけてきたのがハチさんだった。
私が下に飛び降りようとしていると思ったらしい。
私には両親も兄弟もいない。気がついた時には1人だった。
生活していくためにがむしゃらに働いていたら、世間基準ではお金持ちの部類に入っていた。
でも結婚もしていないし、誰のために働いているのか分からなくなった。
お金目当ての男はうんざりするほど寄ってきた。
何もかもが
ハチさんは、今まで出会った男達とは全く違っていた。
ハチさんのことをどう思っているのか分からない。
それでも、一緒にいると楽しい気分になれた。
次の週、ハチさんは来なかった。
彼が金曜日の8時に来なかったら、その日は来ないのだ。
そして次の週も来なかった。
ハチさんが来なくなってから1ヶ月ほど経ったある日、私は出先でとあるアパートの前を通りかかった。
アパートの前には引っ越しトラックが何台かあって、どうやら誰かが退去するらしかった。
「お父さ~ん!」という声がしてそちらを見ると、小学生くらいの男の子と女の子がそれぞれお父さんらしき人の腕にぶら下がっていた。
お父さんは笑いながら男の子と女の子に話しかけていて、側ではお母さんらしき人が微笑んでいた。
ふとお父さんが顔をあげる。離れた場所にいる私と目が合うと、お父さんの顔が固まった。
ハチさんだった。
私は目をそらしてそのまま立ち去る。
男の子と女の子に向けるハチさんの顔はとても優しかった。
奥さんを見るハチさんの顔はとてもかっこよかった。
- FIN -