綺麗な思い出を綺麗なまま、『嫌われたから嫌いになった』なんて理由で無かったことにしたくなかったから。
成就しないなら、せめて、諦めることもしないまま、
自分の中に恋をまるごとしまい込んでいたかった。
けれど、次の恋を見つけようとする度に、
無意識に心をほじくられるような痛みが走る。
一番言われたくない言葉を吐きかけてきた彼を。
一生大切にしたい言葉を言ってくれた彼を。
顔を合わせない日々が、ひたすら存在を大きくするから、
だから決別しようと思ったのに。
(でも、もう……無理)
逃げたくなった。
この部屋から。彼の前から。状況から。現実から。いっそ、全て。
――縁を斬る。
結果的にそれに繋がるのなら、言ってしまえ。
「えに……石倉って、本当に私のこと嫌いだよね。私だって……」
大嫌い。
そう、続けたかったはずの言葉を――口にすることができなかったのは
「……!」
彼が、石倉縁が。
ためらいなく私の唇を、己のそれで塞いだから。
………
………
「……嫌いじゃねぇよ」
時間にして、数秒の出来事。
離れた彼は、苦々しい表情で続ける。
「酷ぇこと、めちゃくちゃ言ったし、クソみてぇな態度ばかりとってた。
……ずっと謝りたかった。謝って許されるとも思ってねぇけど」
「……え?」
「好きだ。他の奴となんか結婚しないでくれ。香澄」
やっと、視線がぶつかった。
まっすぐな眼差しが私を射止める。
「そんな……信じられないよ……」
「まぁ、そうだろうな」
「だって、ブスとか可愛くないとか再三私に言ってきたじゃん!
それに……っ! 好きで幼馴染なわけじゃないって」
「悪かった。……あの時、周りに冷やかされるのにマジで嫌気がさしてて……。
それに気が付いてなかっただろうけれど、隣のクラスの連中に、
お前嘘告のターゲットにされてたりしたんだぞ」
「嘘告って……嘘の告白をして相手をからかうってやつ?」
「そうだよ。早いが話、俺と付き合いたいって女がお前を孤立させるためにやろうとしたみたいだな。一時、特定の女子からの風当たり冷たかっただろ」
「……めちゃ心当たりある」
………
………
縁は丁度関係が崩れ始めた高校の頃、非常にモテていた。
それによりやっかみの対象になることも少なくなかった。
相手にしていなかったので、顔も覚えていないけれど。
「俺は周囲から孤立しないようにいろいろ考えてんのに、
いつしか平然としている香澄が能天気に見えてむかつくようになってた。
それで、まぁ周囲へのけん制もあったし、
八つ当たりでクソ程ひでぇことばかりしたよな……ごめん。本当に。
虫がいいのはわかってる。でも、ここからやり直させて欲しい」
頭が回らない。
アルコールとは違う、脳を直接揺らすような事実に私は言葉が続かない。
「わ、私……その……」
どうしよう。どうしたら。