恋のはじまり

幼馴染との攻防戦

ーーごめん、行けなくなった。

 たった一行。
 
 骨のずいまで冷え込むような寒空の下、待っていた私になんて残酷な仕打ちだろう。

「ドタキャンするにしたってこれはなくない……?」

 

 冷えゆく心とあい反して、指先を温めてくれるホットチョコレート。

某コーヒーチェーンの店内で、オーダーしたそれは体を温めるために適当に選んだもの。

思いの外美味しかった一方で、来るはずだった恋人との計画が流れたことに急なむな
しさがこみ上げた。

 メッセージアプリには言い訳も、絵文字もスタンプも、もちろんこちらを気遣う一言もない。

 

 私、一条冬華いちじょうふゆか

「あぁ」

と声を漏らす。

(誕生日、祝ってくれるって言うからずっと楽しみにしていたのに。計画だって前から立ててたじゃん……)

 来られない内容が何であったら溜飲りゅういんが下がるかなんてわからないけど、許す許さない以前に、虚しさで涙も出ない。

 窓ガラスに映る自分は、オフホワイトのダッフルとチェックのスカートにブーツ。

今日のためにそろえた、最大限の可愛い自分。

(あーあ。気合い入れたんだもん。誰かに見て欲しいなぁ……)

 窓の向こうに人、人、人……足速なサラリーマンやおしゃべりに興じる女の子たち、そしてカップル……。

 

(え……?)

 ふと、見覚えのある姿を捉えた。

(長谷川さん!)

 ドタキャンのメッセージをよこした恋人がなぜここに?

 席を立ち、慌てて店を出る。
 
 人混みの中、キョロキョロと見渡すとその背中は少し遠くにあって

「……え?」

 その隣に寄り添う、綺麗な女性と、彼女と手を繋ぐ小さな男の子がいた。

「うそ……」

 

 私の恋人である長谷川さんが浮気?

 人妻子持ちと?

 瞬間的に浮かんだそれがnoであることは明白。

 長谷川に寄り添う女性は大きなお腹を抱えていてーーつまり、

浮気相手が冬華のほうだと、想像するに容易たやすい現実が眼前に広がる。

 

 あぁ、と。

 崩れ落ちそうになる自分と、逃げ出したい自分。

私のこと待たせて何してるんですかと詰め寄りたい自分が脳内でぐちゃぐちゃになって、私は目をつむる。

 道ゆく人に邪魔だとぶつかられ、よろけた後、目を開けたら、長谷川さん達の姿はなくなっていた。

 

 本当はうずくまりりたいほど胸が痛くて、泣き出したいほど苦しいのに、私の理性は案外気丈で。
………

………
 流れに沿ってとぼとぼと歩けば、余計な思考がぐるぐるとめぐる。

 私が本命では無かった。

 その事実が胸に染みる……一方で、この痛みははじめてじゃない。

 前の彼氏も、その前も。

 浮気だったり、浮気相手だったりして、結局私と言う存在は最後に選ばれない。

 どこで気がつくべきだった?

 会社の奴らにバレたら恥ずかしいと、内緒の関係という約束を結んだ時?

 休日のデートを断られて、仕事終わったらに冬華の部屋に来るという流れが変わらなかった時?

 旅行はおろか、部屋に泊まることも断られた時?
………

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