マニアック

秘密のバーで…

「楽しみだね、今日のお店♪」

ヒロムが楽しそうに微笑むのを横目でうかがい、千香子は緊張と罪悪感でいっぱいになっていた。

さゆりと女子会をしたあの日から一ヶ月。

さゆりから聞いたのは、ある曜日にだけ予約制になる「秘密のバー」のことだった。

――普段はフツウにバーなんだけどね……

一ヶ月に一回だけ、予約制になるんだよね……カップルしか入れないの。

それでね……

………

………

………

さゆりも知り合いから紹介が、実際に行ったことはないらしい。

「でも、知り合いが行ったことがあるから大丈夫!怪しくないから!」

そんな風に言われても安心は出来ないが――その不安よりも、好奇心が勝ってしまったのだった。

そうして予約制になった今日の夜、ヒロムを連れてバーにやってきた千香子だったが、正直まだ気持ちが固まっていなかった。

今引き返せば、まだ間に合う。

ヒロムとの少し満たされない日々は続くが、この優しい幸せが続いていくはずだ。

もしかしたら、今日のことでヒロムと別れることになるかもしれない。

こんなところに連れてきたのかと引かれて、フラれてしまうことだって想像できる。

それとも、何も知らないふりをして行けば大丈夫だろうか――?

そんなことをぐるぐると考えながらも、予約の時間まであと少しになっていた。

エレベーターに乗り込み、お目当ての階へと進む。

よくある雑居ビルの一室にあるそのバーは、ひっそりと静まっていた。

「やってるのかな?」

「うーん、予約の日だから……静か、なのかも……」

ヒロムはもちろん、ここがどういったバーなのかを知らない。

あまりにも静かな雰囲気をいぶかしがりながらも、扉を開けようとする。

慌てて千香子は自分が前に行き、扉を奪った。

とんでもないお店だったらと思うと、自分が先に確認できた方が良いと思ったのだ。

「よ、予約したの私だから、私から入った方がよさそうじゃない!?」

千香子の不自然な態度にも、ヒロムは「そっか、そうだね」と笑ってくれる。

千香子がそっと扉を開けると――よくある、普通のバー空間が広がっていた。

「こんばんは」

「あ、えっと、予約していた者ですが……」

低く、それでいて柔らかな男性の声が降ってくる。

カウンターにいたバーテンダーに怪しさはなく、本当にいつもは普通のバーなのだろう。

「では、身分証をお願いいたします」

「あ、はい……!」

千香子とヒロムが身分証を差し出すと、バーテンダーはそれを確認してから二人へと返却した。

「すごく人気で予約がなかなか取れないから、本人確認するんだって」とヒロムには伝えてあったが、あまり人気のない雰囲気でなんだか嘘くさいかもしれない。

それでもヒロムは気にしていないようだった。

「では、ごゆっくり――」

バーテンダーに促されて、奥の部屋へと進む。

そこには、4セットのローテーブルとソファが設置してあった。

ローテーブルを挟んで二人がけのソファが二つ。それが4席分の、合計で8つのソファ。

すでに2カップルが食事をしていて、千香子たちに会釈してくれた。

席に着くと、先ほどのバーテンダーとは別のスタッフが食事を運んできてくれる。

レストランのような料理はとてもおいしく、千香子は夢中になった。

出てくるお酒もおいしく、二人の会話も弾む。

最初の目的もほとんど忘れ、これだったらまた来たい……そう思っていた頃だった。

対面に座るヒロムが、いつの間にか無言になっていることに気付く。

ちらりと様子をうかがうと、何やらそわそわして困ったように視線をワインに一心に向けているかのようだった。

「ヒロム……?」

どうしたの、と続けようとする前に、千香子も異変に気がついた。

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