恋のはじまり

意地悪で不機嫌な裏海先輩

 キツく掴まれた右腕。人混みの中、そのままずるずると裏路地へと引き摺り込まれる。

 なんでここに、なんて、こちらから切り出すことは許されない。

「誰でもいいのなら、私でも構いませんね?」

 聞いておいて、浦海先輩は返事の一つもさせてくれなかった。

 頸を掴まれ、強引に引き寄せられ――噛み付くようなキスがちる。

(うそ……)

 抵抗も、困惑も、驚愕も、全部全部、熱い唇が食べてしまう。

「ん、ふ……う、ら……っ! んん、せんっ……んんむ……!」

 まぐわう様に重なり、深く、唇をまれてしまえば。

(ふ、ぅう……んんっ)

 背筋ぞくぞくと穏やかなようで残酷な快楽が這う。

 ちろりちろりと緩やかな刺激は、下腹のあたりでくすぶり、やがて私に火を灯す。

(やぁ……キス、止めなきゃ……)

 薄く空いた隙間からぬるりと舌が侵入してくる。

 たっぷりの唾液で塗れた肉厚のそれは、淫靡いんびに私の口内を弄り、こちゅこちゅと上顎うわあごを撫でた。

(あぁ、んんんっ! やめ、こんなの、こんなキス、知らないよぉ……!)

 呼吸を奪う様なキスに苦しくなって、角度をつけられたときになんとか逃げた……が、腰を抱かれてしまい、逆効果だった。

「ぷはっ、んむ、んん……はぅ、せん、ぷぁ……んむ、ちゅ、はん……ん、くるし……っ! んんっ」

 ――ぢゅっ、ぢゅうぅ……! ぢゅぼっちゅむ、ちゅっちゅ……

 吸い出された舌がとろとろと絡み合う。

 ぢゅうう、とキツく吸われたかと思えば、信じられないくらい優しく付け根を舌先でなぞる。

 ぞわぞわと湧き立つ、膝から崩れてしまいそうな快楽に涙が溢れた。

 口の端から溢れる唾液さえ、一縷も許さない。

私自身を食べ尽くさんばかりのキス。

(こんなの、もう……)

 ――セックスより、えっちだ。
 
 やっと解放されたとき。

 隙を見て距離を取らねばと思惑していた筈なのに、私はとっくに籠絡してしまい、浦海先輩へとしな垂れかかってしまう。

「はぁ、はぁ……ふぅ……はぁ……」

 まるで全力疾走の後かの様に乱れた呼吸。

 無意識に、彼の胸元ですぅすぅと酸素を吸い込んでしまった。

(いい匂い……私の好きな……浦海先輩の、匂い)

 ムスクとすこしウッディな、香水と彼の体臭を交えた香。

 私を酩酊めいていさせるには、それだけで十分だ。

「は、『誰でもいい』なんて口にする割に、キス一つで随分とろけた顔をする」

「ふ、……はぁ、だって、こんなの……こんなキス知らないです……」

「……っ! あぁそうですか。男遊びが盛んな割に純情ぶるのがお上手だ」

「え?」

 顔を上げると……そこには、何かを我慢している様な表情の浦海先輩がいた。

(さっき……忘年会で顔を合わせたときもそうだ)

 浦海先輩は、ずっと私に何かを言おうとして、諦めている。

(いや、違う。今はソレじゃない)

「あの、先輩……」

 ――男遊びって、そもそも男漁りってなんのことです?

 確認しようとしたのに、今度は強く手を引かれて人混みの中へ戻る。

 そのまま進む足取りは煌びやかを通り越して、毒々しいネオンの溢れる場所。

 おそらくは適当に選ばれたその場所が、私の人生初のラブホテルとなった。

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