ホテルに向かうにつれてなぜか曇る表情
2日後、脇山さんはいつものようにお店にやって来ました。
そして、いつものように他愛もない会話から始まり、1杯目のビールをグビッと一気に飲み干した時、
「この間の返事を聞きたいんだけど、もう結論は出たかな?」
としびれを切らした私が言いました。
「やっぱり誰か他に女がいてダメなの?」
畳み掛けるように私は脇山さんに返事を迫ってみたのです。
「あれから自宅に帰って、次の日まで1人でじっくりいろいろと考えてみたよ」
と脇山さんは答えると、一瞬間を開けてから私の方を向きました。
今の間は何だったんだろう?
イケると踏んでいたものの、実際、脇山さんの口から答えを聞くまでは、どちらに転んでもおかしくはなかった。
だからこそ、一瞬の間に心臓が飛び出そうなほど心拍数が上がり、息を呑んで脇山さんの答えを待った。
すると、しばらくして脇山さんが口を開いた。
「元々言い出しっぺは僕だから、亜由香ちゃんがそこまで言ってくれるのなら、僕も覚悟を決めたよ。でも、何があっても絶対に驚かないでね」
「何がって?ああ、脇山さんには何か明かせない秘密があるんだっけ?」
「そう。その秘密を知って逃げ出したりしないって約束してくれるかい?」
「うん、約束する。今の私にとって脇山さんの秘密なんて関係ないわ。脇山さんとお付き合いできること、それが何よりも大切なことなんだから」
脇山さんはとても嬉しそうな表情で満面の笑顔になった。
そして、私も彼の安堵の笑顔を見て、やっとつられるように笑顔で返した。
その日以来、8月31日の誕生日が近づくにつれて、ドキドキと緊張で胸がいっぱいになり、脇山さんに抱かれると思うと、つい待ち遠しくなってきたのです。
8月31日は誕生日だということで、お店のママが気を遣って私にお休みをくれて、脇山さんもわざわざ有給休暇を取ってその日を空けてくれました。
渋谷でよく待ち合わせで使っていたレトロな雰囲気の喫茶店で待ち合わせをして、私が夕方の5時30分頃に着くと、もうすでに脇山さんが待っていました。
私はシックな色のワンピースで、とても大人っぽい雰囲気の装いでした。
手を振って彼が待つテーブルに小走りで向かうと、
「そのワンピースとても似合っているよ」
と褒めてくれました。
彼の服装もいつのもビジネスマンの服装とは違い、ライトグレーの七分丈のシャツにベージュのチノパンというすごくカジュアルなスタイル。
そんな飾らない感じの彼も私は密かに好きだった。
「ひょっとしたら来てくれないんじゃないかと思っていたから」
「だって大好きな亜由香ちゃんとの約束だからね」
「ホント?嬉しいわ。ありがとう」
「とにかく亜由香ちゃん、お誕生日おめでとう。今日は君のためにいっぱい祝いたいと思っているよ。フレンチレストランを予約してあるからそろそろ行こうか」
喫茶店を出ると私は脇山さんが差し伸べてくれた手を握り、予約してあるフレンチレストランに向かってゆっくりと歩き出しました。
レストランではワインを飲んで料理を食べながら彼との会話がとても楽しく弾みました。
サプライズでバースデーケーキも用意してくれているし、久しぶりに誕生日らしいことができて心の底から嬉しかった。
ところが、時折、なぜか彼女は硬く浮かない表情をするのです。
おそらく、彼女が言っていた秘密とやらを打ち明けてくれるのだろうと思っていました。
それにしても、彼女の秘密って一体何なんだろうか?
美形の彼のことだから、過去に、病気でもしてその手術の後でも残っているのか?
または、大きな怪我や火傷などをしてその傷跡が残っているのか?
もしかしたら、若い頃ヤンチャをして背中に彫り物でもあるのかもしれない。
それ以外にあるとすれば、彼は童貞でこちらが思っている以上にセックスをすることが恥ずかしいことだと感じているのかもしれない・・・。
いやいや、脇山さんはもう40代半ばの大の大人だ。
それに、こんなイケメンなんだからこの歳でまさか童貞なんてことはないはず。
だた私にとってみれば、そのどれもが大したことではなく、例え彼にどんな秘密があろうとも、彼の魅力の前には敵うものではありません。
食事を終えて予約していた1泊20万円もする高級ホテルに向かう途中、私の胸の高鳴りに反して、脇山さんは徐々に暗い表情になっていくのがわかった。