別れと約束の言葉が詰まった最後の手紙
しかし、翌日から何日たっても、脇山さんはお店に全く姿を見せなくなりました。
先輩の仲良しホステスさんに聞くと、
「たぶん女に振られた時のいつものやつだと思うけど、振られた傷が癒えたら、またいつものように店に顔を出すんじゃないかな」
そう言うので、私はあまり気にせずに待つことにしたのです。
しかし、3週間ほどたっても脇山さんが来る気配は全くありませんでした。
心配になった私はママに訪ねました。
「最近、脇山さんお店に全然顔を見せないけど、どうしたのかな?」
すると、ママは、
「どうしたのかしらね。私にも何も連絡がないのよ」
きっとママにも自分が女だってことを明かしていなかっただろうし、当然ママも脇山さんが女だとは気づいてもいなかったと思う。
その後も、半年、1年とずっと待ち続けましたが、私の前に脇山さんが現れることはありませんでした。
脇山さんと最後に別れてからちょうど1年ぐらいたった頃、私は掛け持ちのアルバイトで貯めた開業資金200万円を元手に、ようやくネイルサロンを開業する夢を叶えました。
開店前日に最後の準備をしていると、ついこの間までお世話になっていたスナック「エンジェルアイ」のママがやって来て、慌てた様子で私に急ぎ伝えてきました。
「亜由香ちゃん!これ見て!」
「何ですか?ママ」
「これよこれ!脇山さんからよ!」
「えっ!脇山さんから?」
ママは持って来た花束と手紙、そして、分厚い封筒を私に手渡しました。
「ついさっき脇山さんが店を訪ねて来て、このお祝いを渡しといてくれって」
よく見ると花束は開業祝いだった。
私は脇山さんのことが心配で今どうしているか知りたい一心で、慌てて受け取った手紙の封を破って開けました。
添えてあった手紙を読んでみると、
亜由香ちゃん、開業おめでとう。
君の夢が叶って僕も嬉しいよ。
開業祝いに花束と約束だった開業資金を300万円で足りるかわからないけど贈らせてもらうよ。
亜由香ちゃんと過ごした時間は僕の一生の宝物になるでしょう。
あれからいろいろ考えました。
結論を申し上げますと、亜由香ちゃんには、きちんとした恋愛をしてもらいたいです。
同性愛ではなく、男性と付き合ってもらいたいのです。
亜由香ちゃんなら、きっと素敵なパートナーを見つけることができると思っています。
だから、私のことは忘れて新しい人生をスタートさせてください。
私も遠くから応援しています。
とたったこれだけの短い文が綴られていたのです。
あの約束をずっと覚えていてくれたんだ・・・。
でも、開業資金は自分で貯めて、こうして開業の夢も無事叶ってもう必要ないし、申し訳ないから、これは脇山さんに返した方がいいんじゃないのか。
すると、困惑している私を見かねたママが、
「貰っときな。さっき脇山さんはこのお金はお祝いプラス僕と幸せな時間をともに過ごしてくれたお礼だからと言ってたよ」
「でも、やっぱり何だか悪い気がして・・・」
「返すって言っても、脇山さん渡してくれと言っただけで他に何も言わずに帰ってしまったから、送り返す住所とかもわからないわよ」
仕方がないので、ママの言う通りにして貰っておくことにした。
ただし、その300万円はこの先私がお金に困ってどうしても必要になった時に使わせてもらうことにして、使わずに大事に取っておくことに決めた。
見た目が完璧な私好みで、私のことを真剣に愛してくれて、あれだけの稼ぎがあり、開業資金もサポートしてくれて夢を後押ししてくれた脇山さん。
いわば私にとっての足長おじさん、いや女性だから足長おばさんになるかな。
少しもったいなかったかなとちょっぴり後悔もしている。
別に将来結婚しなくても、ホステスとお客さんとして程よい距離感を保っておけば、ホステスを辞めた今でもずっとお付き合いを続けていられたかもしれないなぁ。
こうして、私と脇山さんとの短い恋は終わりを告げたのです。
………
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今年であれから20年がたちました。
当時24歳だった私は27歳で結婚をし、子供も男の子を1人授かり、その息子は今年高校3年生になりました。
今は夫だけを一途に思い幸せな人生を送っています。
そして、その夫は少し脇山さんに似ています。
脇山さんは今どうしているのだろうか。
あれから20年がたったということは、今60代半ばの年齢になっているはず。
まだ今でもカワイらしいルックスを維持しているんだろうか。
70歳近くになっても、相変わらず若い頃のように女性にモテまくっているのかなぁ。
こんな風に今でもたまに脇山さんのことをふと思い出すことがあります。
あの人のことだから、きっとどこかで上手くやっているに違いない。
脇山さんも幸せに暮らしていることを願うばかりです。