バシュン、と大きな音を立てて電車のドアが閉まる。
良かった、なんとか間に合った。
私はホッと胸をなでおろしながら、乗り合わせた人たちの動きに合わせて車両の奥に進む。
毎朝この路線の電車はぎゅうぎゅうの満員だ。
いつもは先頭車両に乗っているが、今日は珍しく寝坊して、慌てて最後尾の車両に飛び乗った。
こちらの車両と隣の車両を隔てる窓付きドアの付近は、少しだけスペースに余裕がありそうだった。
なんとかそこに滑り込んで、壁に備え付けられた取っ手を握る。
一息ついてから、私はなんの気なしに、車両間ドアの窓から隣の車両を覗いた。
ドアを挟んで隣に立つ人の、ちょうど腰上辺りまでしか窓からは見えない。
隣の車両も混んでるなぁ……。
口の中で呟きつつ、ふと視線を上に向けた。
「せ、先輩!?」
思わず大声を上げた私に、乗客たちは不思議そうな視線をよこす。
けれどドア越しのその人は、私の声には気が付かなかったようで、こちらに目を向けることはなかった。
し、しまった。つい大きな声出しちゃった……!
私は羞恥で顔を赤くしながら周囲に軽く会釈して、再びドア越しの隣人を見やった。
彼は大学の一つ上の先輩で、私が密かに片思いしている相手なのだ。
校内でもなかなか会えないのに、こんなところで出会えるなんて。
私はドキドキしながら、ドアの窓にぺたりと手のひらをくっつけた。
なんとか気づいてほしくて、腕を伸ばして彼の顔あたりをガラス越しに手のひらで軽く叩く。
「きゃっ」
「おっと、失礼」
ガタンッと電車が揺れた拍子に、私の後ろに立っていた乗客が体勢を崩してぶつかってきた。
乗客はドアと私の間に、半身を斜めに差し込むような姿勢になりながら謝る。
「いえ、大丈夫です」
そう応えるも、よろけた乗客の体の隙間から、顔を覗かせて隣を伺うことしかできなくなってしまい、私は内心がっくりと肩を落とした。
うう、せっかく先輩に会えたのにぃ!
私の恨みがましい視線に何かを感じたのか、ふと先輩がこちらを見やった。
「せ、先輩!せんぱいっ!」
声を出さずに唇だけを動かして、手を振りながら先輩に話しかける。
すると、先輩は私に気がついて、小さく手を振り返してくれた。
ちょっと照れくさそうな表情が可愛くて、私は心のなかで寝坊した自分を褒める。
「せんぱ、……?」
もぞ、と私のお尻のあたりで
故意なくただ当たってしまっただけなのか、鼻息荒く劣情をもって触ったのかは、本能的にすぐわかることが多い。
今のは絶対に後者だと確信して、私は顔を曇らせた。
普段なら不届き者の手にひどく爪を立ててやったり、派手に突き飛ばして目立たせてやるぐらいはするけれど、今日は先輩が見ている。
痴漢にあっていることは知られたくなかった。
それにこの最後尾の車両は、駆け込みで乗車する客が多いのか、身動きできないほど混んでおり、大きくリアクションするのは無理そうだ。
「ひっ!」
痴漢の手が乱暴にスカートをめくり上げ、タイツの上から私の尻をがっつりと掴んだ。
あまりのことに、私の喉からひゅっと引き
顔を強張らせた私を不審に思ったのか、先輩がドア越しに心配そうな視線を送ってきた。
や、やだ……、先輩にだけは知られたくない!
私がどうにかヘラリと笑うと、先輩はきょとんとした後、彼にしては珍しく堪えきれないといったように笑った。
変顔でもしてみせたと思われたのかも知れない。
か、かわいい……先輩、好き……!
己の身に降り掛かっている災難も忘れて、私は胸をきゅんきゅんとときめかせた。