私にとって、佐藤さんはずっとあこがれの人だった。
その横顔は、常に柔和な笑みを浮かべていた。
誰にでも穏やかに接し、何か注意するときも声を荒げたりせず、かといって冷酷に詰め寄るでもない。
間違っているところだけを指摘し、改善策を冷静に提示する。
つまり彼は、いい意味で凪のような人だった。
いつの間にか私は彼のことを目で追っていて、気づけば私は彼に惹かれていた。
気づいたのはたぶんここ一か月のことだったと思う。
自分の思いが抑えられなくなってきたのは、ここ数日のことだ。
佐藤さんに恋人がいないらしいというのは、少し前から知っていた。
だから、今日私は彼に想いを告げようと思っていた。玉砕するかもしれない覚悟はしていた。
でも、なかなか機会を見つけられず(きっと機会はいくらでもあったのだろうけれど、私の勇気がでなかっただけだ)、こんな時間になってしまった。
彼はいつも残業をせず、私と同じように定時きっかりで帰ってしまうから、今日もきっと帰ってしまうだろうと思っていた。
けれど、彼もこうして残っている。
オフィスには二人きり。
この機会を逃すと、もうないと思っていた。
しかし想いを告げたのは、私ではなく、彼だった。
そして、私たちはキスをした。
そのキスは、唇が触れるくらいの、淡いキスだった。
なのに、その熱は、私を突き動かすには十分な熱さを持っていた。
唇が離れた瞬間、私は冷静になって言った。
「佐藤さん、カメラ、だめ」
「大丈夫、ここは映らないから」
「ほんとですか?」
「これも嘘じゃないよ」
知らなかった。それは大丈夫なのかな、そう思ったけれど、今の私にはそれがたまらなく嬉しかった。
「うれしい、です」
私はそういうが早いか、もう一度彼の唇に私の唇を押し当てた。
次は、もっと情熱的に。
そう思っていたけれど、私が舌を滑り込ませるよりも早く、彼の柔らかく、熱っぽい舌が私の口の中を撫でていった。
「んんっ!」
思わず声を上げてしまうくらい、彼のその動きは優しく、みだらだった。
一瞬驚いてしまったけれど、私もすぐに舌を絡めた。
ゆっくりと、しかし激しく交わる舌と舌。ねっとりと私たちの唾液は絡み合い、体の熱を互いの体に伝播させていった。
「んふぅ……」
彼の吐息がいやらしく私の頬に当たった。
くすぐったくて、私の芯から液体がじわりとあふれ出すことを感じた。
くちゅり、という舌が絡み合う音が響く空間。
「佐藤さん、キス、激しいです」
「そうかな、初めて言われたよ」
唇を離した私たちは、そう言いあって笑った。
私はずっと、彼を凪のような人だと思っていた。
けれど、どうやら全然、違ったらしい。