その時の母の顎の動かし方と言い、見開かれた目と言い、まるでヤギのように見えて思わず吹き出してしまった。
2人は口に手を押さえて笑っている私をギョロっと驚いたように見た。
「どうしたの姉ちゃん?」
「いや、だって、、母さんが、、」
私は喋ろうにも笑いが止まらなくて言葉が続かなかった。
「あたしが何よ。」
将暉は母を見た。
母も将暉を見た。
笑いがやっと治まってきて、顔の筋肉が痛かった。
「お母さんのレタスを食べるのがヤギに見えちゃってさ、それが面白くてついつい笑っちゃった。」
将暉はまた母の顔を見た。
「母さんレタス食べてみて。」
「なんで、嫌よもう。」
そう言いながらも母は何故か残りのレタスを一気に頬張った。
そして口に入りきらなかったレタスを口に入れるために口をモゴモゴさせるのだが、母の口は前後ではなくて左右に動いていた。
将暉はそれを見てどこか誇張した笑い声をあげて笑った。
母も笑った。
「将暉、恵子ちゃんとはどうなったの?上手く行ってるの」
母は先程のレタスを咀嚼しながら将暉に聞いた。
「何ともないよ。」
「何ともないことないでしょ」
「うるさいな、母さんには関係ないじゃん。」
「そんなことないわよ、全く恥ずかしがってねぇ、そんなんだったら恵子ちゃんあなたから逃げちゃうよ」
母はニヤッと笑った。
「だから何なのさ、もういいよその話。」
そして私を見て
「姉ちゃんは彼氏いないの?」
私はハッとしてドキドキしながら将暉を見た。
将暉は全くこちらを見ずに味噌汁を啜っていた。
「香織も小学生の時は、確か3年生から卒業するまでの3年間必ずバレンタインデーに誰かにチョコ作ってたわよねぇ。あれ誰だったかしら。」
「私も忘れた。」
そんなの嘘。
はっきり覚えてる。
あぁ、彼はとても優しかったなぁ。
ご飯を食べ終えて私は部屋に戻った。
そして小学校の卒業アルバムを取り出してそれを勉強机に置くと、自分のクラスのページを探して広げた。
自分の写真を見た。今の自分には考えられない程良い笑顔をしていた。
その時は思わなかったけれど自分がとても可愛く見えた。あの時は本当に楽しかったなぁ。
次に例の彼の写真を見た。
小学生ながら目鼻立ちがはっきりしていて、まさしく太陽のような笑顔をしていた。
小山内学。
小学校を卒業して中学校に入ると私と学は別々のクラスになってしまった。
そして学は私でない別の人と付き合い始めた。
私は彼が好きだった。
小学生の時の私は内気で友達が居なかった。
そして3年生になって、彼と同じクラスになると、彼は何時も一人でいる私に声を掛けてくれて、それから毎日遊ぶようになった。
私は常に彼を想っていた。
しかし元来が内気な性格なので自分の本心を打ち明ける事が出来ず、唯一彼に自分の気持ちを伝える事が出来たのはバレンタインデーにチョコを上げる事だったので、毎年料理の得意な母に助けて貰いながら一生懸命作っていた。
そしてそれを彼に渡す度に心の中で何度も何度も自分の本心が伝わるようにと祈っていた。
しかしとうとう彼は気付いてくれなかった。