「私、タオルケット取ってきますね」
「じゃあ私水持ってきます」
席を立ったとき、春香ちゃんに「羨ましい?」と耳打ちされた。
「ちょっ……!聞こえる!」
私はあわてて人差し指を立てる。
「大丈夫。主任も結構向こう側の人たちと盛り上がってるし。あーぁ。だから席順、正面じゃなくて隣にしろって言ったのに」
春香ちゃんは私の早瀬主任への思いを知っている。
というか、いつの間にか知られていた。
さっぱりした性格の彼女からは「年の差?そんなもん関係ある?」とばかりに背中を押してくれて、絶妙にアシストしてくれるのが心強くて……結構、恥ずかしい。
「隣に座っていても、あれはできない」
目配せすると、猫のごとく主任の膝枕を堪能する泉谷君。
「……激しく同意。あの無垢な様子が憎たらしいわぁ……」
春香ちゃんは「あ、うっかり滑っちゃった☆」と言わんばかりに満水のコップを握りしめたので「かけちゃ駄目だからね」と一応釘を打つ。
私はいつも使っているタオルケットを三つ折りにして、泉谷君のお腹にかけた。
「んんん……しゅにぃん……あれ、俺、寝てました……?」
「うん。起きたなら離れてね。おっさんの膝枕なんて絵面が汚いから」
「んー……もうちょっと……ん、なにこれ、柔らか……」
寝ぼけた泉谷君はタオルケットを手に取り、
そして
なぜか
「女の子のいい匂いする……」
私のタオルケットを、嗅いだ。
「おっとー。足が滑ったぞー」
その瞬間、めちゃくちゃ棒読みで早瀬主任が胡坐を崩した。
ゴン!とかなり鈍い音を立てて泉谷君の頭が床に落ちる。
「あっ痛ぁあああ!」
「馬鹿もう、泉谷あんた酔いすぎ!帰るよ!」
春香ちゃんが泉谷君を無理やり立たせ
「私この馬鹿送り届けてくるから、本当に申し訳ないんだけれど、片付けお願いできる?」
「う、うん……それは大丈夫だけれど……」
主任は頷き、モニターの向こうへ話しかける。
「みなさーん。
各々労いの言葉が飛び、主任の「お疲れさまでした」で通信が切れた。
春香ちゃんは泉谷君をほとんど抱えるように起き上がらせ「ほら!歩け!」と玄関へ引きずって行った。
「あ、主任。これ、今日デザートに食べようと思って用意していたものです。茜とどうぞ召し上がってください」
春香ちゃんがくれたのはタバコの箱くらいのチョコレートだった。
「茜、あとは頑張ってね」
呼んであったタクシーに泉谷君を詰め込む春香ちゃんは最後に私に耳打ちした。
頑張るのは春香ちゃんの方なのでは……?
リビングに戻ると主任が「燃えるゴミの袋ってどれ?」ときょろきょろしている。
「早瀬主任、片付けは私一人で大丈夫ですよ。もう遅い時間ですし……」
「いや準備までして貰ってそういうわけにはいかないよ。二人でやった方が速いしね」
てきぱきとごみの分別を始める主任に申し訳なく思いながら、私は食器を下げた。そして、気が付く
(……あれ、今……)
もしかしなくても主任と二人っきりだ!
(頑張れってそういうこと?)
主任に気付かれないように悶絶していた私は、後ろからの主任の視線に気が付くわけもなかった。