恋のはじまり

リモートの忘年会で憧れの上司と…

慌てて部長を見やると、部長はビール缶に口をつけたまま、きょとんとした表情をしている。

他の皆は「おっ!面白そうな話題が提供されたぞ!」と言わんばかりの顔で、モニター越しにニヤニヤしている。

「なんだ青山、うちの紅一点にはそんな浮いた話があるのかよ?」

先輩がにやりとしながら青山に話の先を促す。

私は内心でヒィッと悲鳴を上げて、画面という鎧に守られた青山を睨みつけた。

「青山くん、その話はまた今度ね!」

「ええ?だってお前、散々俺に相談してたじゃんか。すごく好きなんだけど、見てるだけで満足な気もするし、それにその人もしかして恋愛のレの字すら忘れてるかもって感じなんだよって。あんだけ聞かされたら結末どうなったか知りてぇじゃん」

「わー!わー!わぁー!」

物理的に口を塞ぐことができないので、私は大声を出してスピーカーを占拠する作戦に出た。

だが皆は、良い酒の肴だとばかりに、そんな私と青山を眺めている。

「で、だ。お前の片思いの相手は会社の誰かなんだろ?」

「ちょ、ちょっと、青山くん、青山くん黙って」

「PC越しとはいえ、今日は全員集合してるわけだし?俺としても気になるわけよ。こっそり教えてくれよ」

「いやいや、こっそりって。この状況でどうやったらこっそり教えられるっての」

半ばキレ気味に言いやるが、見た目よりも酔っているらしい青山は、ここを対面の宴会場だとでも思っているらしい。

画面に耳を寄せて、内緒話を聴く体勢になった。

「あ……もしかして、お前ぇ」

にや、青山が頬を赤らめながら浮ついた笑顔を見せる。

「俺のこと好きなんだろ?」

「青山ぁぁ……」

私が怒りで声を震わせるのと、部長を除いた同僚の面々が吹き出したのは同じタイミングだった。

「ぶははは!青山、それはないって!」

「お前が西宮に惚れてんのは知ってるけど、そんな都合よく事は運ばねぇよ」

「へっ!?お、俺が?西宮に!?ほ、ほ、惚れてなんかいねーですよ!」

大慌てで首を振りたくる青山を無視して、同僚たちは訳知り顔に「あの人だよなぁ」と言うように目配せし合う。

「えっ……あの、皆さんのその顔はどういう意味なんでしょうか……?」

恐る恐る私が声を上げると、皆は無言のまま菩薩のような微笑みで頷きあった。

「大丈夫。バレバレだから、西宮」

何人かの先輩が同時にそう答えて、ぐびりとビールを飲み込んだ。

いやな予感と襲いくる羞恥から、私もつられてカクテル缶を飲み干す。

しまった、これ結構強いお酒だった……。

すぐに胃が燃えて、私はいろんな意味で火照ってしまった頬を掌で仰いだ。

「そうか……西宮にはそんな相手がいるのか」

生温い沈黙を破ったのは、そんな呟きだった。

いつもと変わらないほわほわ顔に、ほんの少しだけ困惑の気配を漂わせて、そう言ったのは牧谷部長だ。

「西宮は……二十四歳だったか?仕事ばかりしている印象だったが、うん、いいことだ」

「ぶ、部長ぉ……」

なんて優しくて温かいコメントなんだろうときゅんとしつつ、私はPCの前で項垂れた。

や、やっぱり、全然相手にされてない……!

「西宮、まぁそう落ち込むなよ。部長はこういう人だって分かってるだろ、な?」

「うう、先輩……!」

私の心情やら恋心やらをまるっと見透かした上で、二期上の先輩が声をかけてくれた。

思いやりは心に染みるが、部長以外にはなぜかバレバレだったらしい自分の恋心のせいで気まずい。

お酒のせいで何だか頭も回らないし、部長は相変わらずほわほわしてるし、青山は空気読まないし、皆は幼児を見守る父兄の会みたいな目してるし……。

「西宮を幸せにしてくれる男だといいが」

「……!!」

「部長やめてあげてください!西宮のSAN値はもうゼロです!」

部長が優しくて酷いこと言うし、部長がトドメ刺そうとしてくるし、部長が、部長が……好きだし。

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