恋のはじまり

リモートの忘年会で憧れの上司と…

「うわぁぁん!部長のバカ――!!」

「ああっ!部長が泣かせた!部長が西宮泣かせた!」

「ん!?俺がか?」

電子タバコを咥えようとしていた部長が、青山のわめき声にぎょっと目を瞠る。

「俺は何か気に触ることを言ってしまったか?す、すまない、西宮」

「い、いいえ……部長は悪くないんです、取り乱してすみません……」

私がそう返事をすると、部長はますます困惑した表情になった。

タバコを摘んだままの手を、あたふたと上げたり下げたりしている。

「部長、電子タバコとはいっても、窓開けたほうがいいですよ」

「あ、ああ……」

私に言われるまま、部長はPCの背後で揺れているカーテンをシャッと開いた。

窓から美しい夜景が覗く。

眼下がんかの建物の大きさから、どこかのマンションの五階あたりに住んでいるように思えた。

遠くに光るランドマーク、高速道路、駅ビル、夜遅くまで明かりの灯る飲食店。

遊具の影が見える公園、個人経営のコンビニ……そのどれもに見覚えがある。

「え、あれ……部長、もしかして四丁目の新築マンションですか?」

「そう、だが。よく分かったな、西宮」

不思議そうにこちらを見やる部長は、私より八つも歳上なのに、膝から崩れ落ちてしまいそうなほど可愛く思えた。

牧谷部長は、歳上で、仕事ができて、皆に慕われていて、少し会話しただけでも心が温かくなる素敵な人で、会社の上司だ。

手が届かない男の人だって分かっている。

「私、隣の隣のマンションに住んでるんです。そろそろ引っ越したくて、つい先日その新築マンションの内見に行ったので……」

「ああ、そうなのか。この辺りに西宮が住んでいることは知っていたんだが、まさかこんなに近いとは。すまないな、上司とご近所さんなんて気が重いだろう」

「いえ!そんな、むしろ……」

うれしい、と言おうとして、私は寸出で口をつぐんだ。

そんなことを言ってしまったら、告白しているも同じである。

「西宮、がんばれ」

「西宮、もう一声」

「西宮、押せ。押さなきゃダメだぞ、部長のような人は」

その瞬間、PCを通して皆が私の背を押しまくった。

まるで大穴を狙う一点がけのギャンブラーみたいな熱がこもっている。

「……っ、う、嬉しい、です!」

いつだって圧力に負けるのが社会人というものだ。

声を裏返しながら部長にそう告げると、部長は両目をぱちくりとさせた。

「そうか?ふふ、実のところ俺は西宮とは結構仲良しであると……密かに思っていたから、お世辞でも光栄だ」

「ぶ、ぶ、部長ぉ……!」

「おお〜!年齢と立場を超えた友情っすか!でも部長ほどのイイ男じゃなかったら、とんだ勘違いセクハラ糞キモ上司って感じのセリフっすね!」

「お、俺は勘違いセクハラ糞キモ上司なのか……?す、すまない、西宮」

きゅーんと恋心に悶て震えてる私を無視して、空気の読めない青山がまた余計なことを言い出した。

「そんなことないです!ぶ、部長は、世界一素敵でかっこいい上司です!」

「なんだ西宮、それ忖度か?いま流行の忖度か?」

「青山、なんで今日こんな絡み酒なの?超絶迷惑なんですけど」

私がぎりぎりと睨みつけると、青山は酔っ払った顔を更に赤くして画面ごしに呟いた。

「いや、だって俺さぁ。お前のこと好きなんだよな」

「あんた完全に酔っ払ってるでしょ。全員集合リモート飲み会だっての」

告白されたにも関わらず、私は極寒の眼差しで青山を見やった。

いくら仲の良い同期と言えど、許せることと許せないことがあるし、告白は絶対に拒否である。

「なぁ、お前が好きなの俺じゃないのかよ?だって優しくて包容力があって仕事ができて背が高くてイケメンなんて、俺のことだろ!?」

「いやいや、それ部長しかいないでしょ、むしろ」

酔っぱらいを一言で一刀両断して、私は残りのカクテルをぐっと飲み干した。

飲まなきゃやってられないっての!

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