次のお酒に手を伸ばそうとしたところで、私はやっと奇妙に静まり返った画面に気づいた。
「……」
「……」
いくつもの沈黙が落ちるが、その原因が分からず、私はゆるく首を傾げて皆を見やる。
「ん……」
思案げな部長の呟きが、ぽつり、落ちた。
「俺か?」
「ンブッフ」
盛大に咽ながら、私は椅子をひっくり返しながら立ち上がった。
よろ、とよろめいて、PCから一歩一歩距離を取る。
「あ……あ……ち、ちが……」
しん、とした沈黙が再び落ち、皆が固唾を飲んで状況を見守っているのが伝わってきた。
「西宮、隣の隣なら○○マンションか。何号室だ?」
「しゃ、しゃん、306、です……」
裏返って掠れた声で、訊かれたことにただ応える。
すると部長は席を立ち、近くのソファにかけてあったコートを手に取り、歩き出した。
「今から行く。待っていなさい」
「ええええええええええ」
「おおおおおおおおおお」
私と同僚たちの声は見事にかぶり、エコーがかって部屋の中に響いた。
「な、なん、なんなんなんで!?なんでぇ!?これもしかして面と向かってフラれるのでは……?部長優しいから、誠意を見せるためにわざわざ私に会いに来てくれるってことじゃ!?ええっどうしよう、そんな、まだフラれる準備できてない!ちょ、どう、どどどうしよう!?」
私は半分パニックになりながら、PCの向こう側にいる同僚たちに泣きついた。
こっちは必死だと言うのに、呆然としている青山を除いた皆が、なにやら楽しそうに含み笑っている。
「何だっていうんですか皆して、私は……ヒッ」
ピンポーンと、玄関の呼び鈴が鳴り、私は文字通り飛び上がった。
崩折れそうになるのを何とか耐えて、ギギギ、と首を回して玄関を見やる。
「西宮、俺だが」
「ひゃ、ひゃい」
新卒で入社してから二年半も恋い焦がれた男の人が、いま玄関の外に立っていた。
夢に見ることすらできなかったシチュエーションに、私の胸はバクバクと大きな音を立てている。
「う、うう……っ!これからフラれるって分かってるのに、きゅんきゅんが止まらない……!」
私は皆の無言の圧力を背に受けながら、玄関の鍵を開け、そっと外を覗いた。
「遅くにすまない」
「ほ、本当に部長だ……。本当に部長がいるっ!」
感激しながらドアを押し開け、部長をぎこちなく室内へと促す。
「おおー!部長の登場だ!無事に西宮のマンションにたどり着けたんですね」
「良かった良かった。部長は方向音痴だからな」
私のPCカメラに部長が写ったことで、皆は再びワイワイ言いながら盛り上がり始める。
こっちはそれどころじゃないのに……!
恨めしい気持ちで皆を見やっていると、部長はPCの前までスタスタと歩いていき、彼らに向かって一度だけ手を振って見せた。
「よし、では切るぞ」
「えええっ!?何でですか部長!今から良いところじゃないですか。告白の結末を……分かりきった告白の結末を見届けさせてくださいよ!二人を祝福するの、ずっと楽しみにしてたんですよ」
同僚たちが口々に訳のわからないことを言い出して、私は顔中に「?」を貼り付けながら部長を見上げた。
部長は困ったように笑うと、私のノートPCに手をかけて、画面を閉じようとする。
「ちょ、部長待って待って!そんなに切りたがるってことは、もしかしてヤマシイことでもするつもりなんですか!?な〜んちゃって!部長に限ってそんな……」
おどけてみせる青山に向かって、部長は「ふふ」と吐息だけの笑みをこぼした。
それがあまりに男臭くて、今までそんな部長は見たことがなくて、私はただ呆気に取られて部長を見つめる。
「俺も決める時は決めるんでな」
パタン、とPCが閉じられる。
部長はゆっくりと身をかがめて、私の瞳を見つめながら口を開いた。