さっきまでずっと成功する妄想ばかりしていたけど、よくよく考えれば失敗する可能性もあるじゃん。
どうしよう、やっぱり明日にしようかな。
香はそんな事を思案しながら、見慣れた彼の黒い背中を尚も凝視している。
海里の背中がとりわけ魅力的なのではない。
寧ろ哀れだった。
いやいや、絶対に挫けては駄目。
今日こそは彼とセックスするって、決めたんだから。しっかりしないと。
しかし香は彼の寝込みを襲うのは何だか可哀相な気もした。
何も彼だって悪気があってこんな事をしている訳ではあるまい。
香と出会うまで、全く異性と関わる事がなく、童貞のまま30歳になってしまったのだから、しょうがない気もした。
只そう思う事で、また彼を待ってみたところで、何も起こらない。
香は自分の甘えた考えを今すぐ払拭する為に、自分の頬をぐっと強く、抓ってみた。
海里は今日は特に疲れたらしいが、それでもまだ寝てはいないらしかった。
香はベッドの上で、なるべく音を立てないように体をグリグリ動かして彼に接近した。
そしてバッと勢い良く彼の体に抱き付き、そのままで彼を自分の下にして、キスをし、服を脱がせて…。
香は驚きのあまり、その場に動けなくなった。
彼の背中が、襲う心構えをしている最中に、彼の端正な顔に変わってしまったのだ。
「え…?」香と海里は、暫くそのままの態勢で見つめ合っていた。
何?何でこっちを向くの?今まで一度も私に顔を向けなかった癖に。
「香ちゃん」
香は自分の名前が呼ばれた事に、暫くの間気づく事が出来なかった。
彼から名前を呼ばれたのは久し振りの事だった。
香は返事をしようとしたが、どもってしまって上手く声が出ない。
緊張しているのだろうか?きっとそうだろう。
しかしなんだろう、この微かに感じるあったかさは。
「香ちゃん」
また海里が言った。
その声には、先程の声よりも重みがあった。
香はこれにも上手く返事が出来ず、只彼の鋭く光る目を見た。
海里は香から返事が来ないとわかって、自分で喋りだした。
「俺さ、今までビビってたけど、もう嫌になったんだよ。逃げるの」
香はまだ彼の目を見ている。
「俺、今日こそは香ちゃんと、エッチがしたい」
香は急に恥ずかしくなった。
今までの腹いせに、意地悪な返事をしてやろうかと思った。
が、そんな事は出来なかった。
そんな感情よりも、嬉しさの方が何倍も勝っていた。
身内がジリジリと火照ってくるのを感じる。
彼の口からエッチなんて言葉を聞いたのも、まるで10年以上も前のような感じがした。
香は純粋な気持ちで頷いた。
海里はそれを見て、優しく微笑んだ。
海里はその場に上半身だけ立たせて、香の方に近寄ってきた。
香は胸をドキドキさせながら、彼の体の近づくのを待っていた。
こんだけドキドキさせられたのも、大昔の事みたい!
海里は香に寄り添って、腕を香の首の下をくぐらせた。
そして上から重ねるようにキスをした。
今までの海里ではなかった。