健くんがなんか余裕だ……。
もしかしてこういうところに来るのが初めてじゃないのかな、と思ってしまった。
でも、それは勘違いだったらしいことはすぐにわかった。
「えっと、これで部屋を選んで、そんで……」
彼は壁にある利用説明を何度も見ながら、受付を進めていたからだ。
少し慣れない手つきで鍵をとった彼は、
「行きましょうか、咲さん」
そう言って、いつものように紳士にエスコートして、エレベーターの方へ連れて行ってくれた。
エレベーターに乗り込んだ私は、ほっと一息ついていった。
「よかった……」
「え、なにがですか?」
「いや、健くんこういうところに慣れてるのかな、って思ったから。でも、初めてっぽかったから安心したの」
「余裕を装ってたんですけど、やっぱりバレちゃいましたか」
彼は少し照れたように、そして少し悔しそうに、笑ってそう言った。
ゆっくりとエレベーターは昇っていき、四階で止まった。
扉が開いて、彼が先にエレベーターを出て私を連れて部屋まで行った。
部屋の扉の前で、彼は言った。
「たまには、男として頼れるところも見せたいっていうか……」
「そんなの気にしなくていいのに!」
彼は扉を開けて、私を先に通してくれた。
「でも、俺もやっぱり男なので……」
彼が部屋に入って、扉が閉まっていくのを見届けながら、私は彼の台詞にこう答えた。
「こういう風に私のために扉を開けてくれたりするだけで、十分私はかっこいいっておもうけどなぁ」
「えっ……」
彼は驚いたように、そう声を上げた。
「ふふっ」
そんな彼を、私は壁に押し付けながら(いわゆる壁ドンというやつだ)キスをした。
彼の方が私より頭一つは身長が大きいから、私から壁ドンをするとなると少し不格好になってしまうけれど、そんなことは関係ない。
「咲さん……」
唇を離すと、彼の目はとろりととろけていた。
「どうしたの、健くん」
私が首をかしげると、彼は私の背中に手をまわして、強引に私を引きずり寄せた。
そして、くるっと自分ごと体をまわして私を壁に押し付けた。
「こういうのは、男からやるものなんですよ」
「そ、そういう、男だから、とか、女だから、とか、今時流行らないぞ」
「きっと、こういうのは別だと思います」
今度は、彼が私を壁ドンした状態で、見下ろす形で強引にキスをしてきた。
「んっ!?」
健くんのこういう乱暴さは、付き合ってから初めて知った。
私たちの初めても、そういえば健くんの方から誘ってくれたんだったな。
彼は私の唇から離れて、すぐ近くで私の目を覗き込んでから、目をそらした。
そして、ぽつり、と小さな声でこう言った。
「咲さん、どうして俺がホテルに来たか、わかりますか?」
私は言葉の意味をかみ砕く。
きっと、聞き間違いはなかったはずだ。
でも、それはさっき言っていたはずだが……。
「え?こういうところでもしてみたいから、じゃないの?」
「半分は正解ですけど、半分は違います」
「どういうこと?」
私が首をかしげると、彼は顔を赤くして言った。
「咲さんを、独り占めしたかったからです」