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「俺さ、あいつと別れることになった時、そりゃ腹は立ったけどぜんっぜん凹まなかったんだよね」
「へ、へぇー……」
「酷い奴って思った?」
「ちょっと……でも、酷いことされたわけだし、その……正直分かる、かも」
――私もそうだから。
不感症だの、だらしがないだの、難癖つけて来た元婚約者と別れることになった時……最初に思いついたのは「面倒だな」というワード。
両親にも挨拶を済ませて、両家の顔合わせをいつにしようかというタイミングでこんなことになるなんて「面倒」。
でもそれ以上に、存在そのものが「面倒」なこの男と別れられるならまぁいいか――。
好きだったところも、悪くない思いでも一瞬で脳内シュレッダーにかける私は琢磨を酷いだなんて言えるわけがない。
(なるほど、今思うと私は確かにだらしがないのかもしれない)
そして、それ以上に
「ぶっちゃけた話、自分の婚約破棄より、折本の婚約報告のが凹んだ」
「え……」
「凹んだ、ことを思い出して驚いた。……なぁ、自惚れじゃなければ、折本もそうだった?」
「……婚約じゃなくて……彼女ができた時、だったかも」
凹む、以前に。
勝手に傷つく自分が許せなくて、必死で見て見ぬふりをした。
友達の恋人に嫉妬するような奴だと思われたくなくて、「おめでとう」って嘘をついたんだ。
恋人になれないなら、せめて近い友達でいたい。
それが、恋に気がつくのが遅すぎた私のできる、精一杯の
「……バカ話ばっかりしていた相手にいきなり『実は好きでした。好きだったのに気がつけなくて危うく別の人と結婚しそうでした』なんてハッキリ口に出すの……なんか嫌じゃん」
「うん、分かる……分かるけど今言っちゃったね……?」
「有耶無耶にしたまま身体の関係だけでも繋ぎ止めちゃおうかなって」
「うわ、最低……」
「だって! 今からガチで口説きモードに入ったところでお前真剣に考えてくれるか?! 絶対『気の迷い』って言って逃げるだろ!」
「逃げる……ていうか相手にしない、かもね……。琢磨は私のこと、好きになるわけないって思っていたし」
「うわぁ、そこからかよー……な? 信じてよ。俺、折本のことすげぇ好きなの。毎日一緒に過ごすなら折本みたいに楽しく会話できる子がいい。気がつくのが遅すぎてほんっとにバカを見た。もう絶対後悔したくねぇの。お願い。俺のこと男として意識してよ」
ラブホテルで、そのベットの上で。互いに全裸のまま、手をぎゅっと握られる。
側から見れば滑稽すぎるバカみたいな状況は、失いそうになるまで気がつけない、手遅れレベルにバカな私たちにはお似合いだ。
「……じゃあ、続きして?」
ぎゅっと、手を握り返す。
「え」
「さっきの、恋人みたいな……えっちして、私を落として、琢磨のこと、もっと好きにさせて……?」
どうせ、後には戻れない。
私は、思えばはじめて自分から、キスをした。
ふに、と重なるだけのキス。
角度を変えて、もう一度……今度は深くなるように、もう一回。
もっと、唇が混ざり合うように、はんで、舐めて、吸って、もう一回。
こんなキス、好きじゃないとできるわけがない。